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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(184)


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 エレベーターは屋上で止まった。筒井に手を引かれてライリスを着た晴明が降りると、既に出口には十数人のファンやサポーターが待っていて、ライリスと軽く触れ合う。ハニファンド千葉のユニフォームを着ている人もいれば、ジャージを着ている人もいて、晴明は気合いを入れなおす。

 窓から緑色の人工芝が映えるコートが見える。高く昇った太陽からの日差しを存分に浴びている。

 天気予報では、今日は三月中旬並の陽気になると言っていた。今日という日にお誂え向きの環境だ。

 幕張駅から歩いて十数分。大型家電量販店の屋上にこの日、晴明たちは来ていた。ハニファンド千葉が所有するフットサルコート・ハニファンドスタジアムの、オープン七周年を祝うためだ。

 この時期になると、毎年ライリスがやってきているようで、それは晴明にも例外ではなかった。

 もちろんフットサルコートで行うことは一つ、サッカーだ。とはいえ、いくら何でも走り回るのは晴明にとって負担が大きすぎるので、この日はウォーキングサッカーのルールが採用されていた。文字通り歩いて行うサッカーで、接触禁止やヘディング禁止などの独自のルールがあり、子供や女性にも親しみやすい。

 参加は無料だが、事前申し込みが必要で、この日の晴明は各回の参加者とともに時間を置きながら、七分のゲームを九本行うというスケジュールになっていた。

 軽いグリーティングを終え、晴明はさっそく一回目の参加者とともに、スタッフから簡単な説明を受ける。真剣な顔で説明を聞く参加者たち。その中には、莉菜や由香里の姿もあった。

 晴明に参加者四名、プラスゴールキーパーとしてスタッフ一名を加えたチームは、さっそく暖かな日差しが差すコートに、足を踏み入れた。

 スタッフ六名で結成された相手チームを含む参加者がコート上に散らばって、晴明がボールを蹴って一本目がスタートする。

 最初にボールを受けた由香里を中心にまずは自陣内でボールを回して、少しずつ前進を試みるライリスチーム。ゴールを決めたいのか、莉菜は敵陣深くまで上がっていたが、何分晴明を含めてサッカー未経験者が多いので、短いパスしかつながらない。相手チームは接触禁止というルールがあるからボールを奪いにはこなかったが、パスコースを塞がれると、簡単にはボールを前に進めることができなかった。

 でも、短いパスをつないで何度もボールに触れているうちに、晴明の気分は少しずつ盛り上がっていく。ただボールを蹴っているだけで、自分でも意外なほど楽しく感じているのが分かる。

 他の参加者もまだゴールが決まっていないにもかかわらず、晴れ晴れとした顔をしていた。

 最初こそ要領を掴めずに苦心していたライリスチームだったが、徐々にコツを覚えていき、少しずつボールを前に運べるようになる。晴明も早歩きで攻め上がり、ゴール前でボールを受ける。前を向くと、ゴールキーパーが近づいてきて、シュートコースを塞いできた。

 でも、晴明は落ち着いて横にパスを出す。その先には莉菜がいて、晴明からのパスを丁寧にワンタッチで、がら空きのゴールに決めた。

 その瞬間、コートが床面から揺れたように晴明は感じた。こんなときでも莉菜は早歩きで、晴明のもとに向かってくる。

 晴明は軽く腰を曲げながら両手を前に出して、莉菜とハイタッチをした。嬉しくて仕方ないといった表情をしている莉菜に、晴明も思わず笑顔になる。チームメイトに祝福されている莉菜を見ていると、来てくれてよかったという思いになる。

 晴明も一緒にゴールを喜んだ。よく見られたいという思いはどこかに吹き飛んでいて、ただ純粋に嬉しかった。

 ウォーキングサッカーは各回とも好評のうちに幕を閉じていた。相手チームが気を遣ってくれたおかげもあって、ライリスチームは九ゲームのうち、一ゲームも負けることがなかった。ゴールも多く決まり、参加者の喜ぶ顔を見られたのは、晴明にとっても大きな思い出となった。これで開幕まで熱量を保ってくれるだろう。

 マスコット総選挙うんぬんではなく、ファン・サポーターと一緒にサッカーを楽しめたことは、晴明に活力を与える。それなりに疲れはしたが、この先もがんばろうと素直に思えた。

 ウォーキングサッカーの様子は、その日のうちに参加者の承諾を得て、各SNSに投稿されていた。ツイッターもインスタグラムもTikTokも、ファン・サポーターを中心に多くのいいね! がついて、ライリスやハニファンド千葉に対する期待値の高さを、晴明に思わせた。

 特にツイッターのアカウントは開始当初に比べて、フォロワー数は倍以上にもなっているし、いいね! やリツイートの数も目に見えて増えてきている。それだけライリスを気にかけてくれる人が多くなったということだ。

 それは現実でグリーティングをしたり、スタジアムに出たりしているときに晴明も感じている。もちろん順位がすべてではないが、今年のマスコット総選挙はいい結果が期待できるのではと、晴明は自然と思っていた。

 毎日の学校と部活をこなし、SJリーグ公式ホームページからの投票も忘れずに、ライリス(という体での芽吹)のSNSへの投稿への反応を気にしていると、あっという間に一週間は過ぎ、また土曜日を迎えていた。

 晴明は眠い目をこすりながら、机に向かっていたが、金曜日の授業で出された課題はあまり進んでいなかった。それに今日も日中はライリスに入って、千葉駅前でちばしんカップおよび三週間後に開幕を控えたリーグ戦のPRをスタッフとともにしていたから、少し疲れてもいる。

 主にチラシを配って、人々にハニファンド千葉の存在を周知させるという地道な活動で、晴明がチラシを差し出すと、半分以上の人が受け取ってくれていた。

 昨シーズンは終盤で多くの観客が入ったものの、リーグ戦に限って言えば、平均入場者数は前年を下回ったらしい。今年こそは開幕から多くの人をスタジアムに集めたいということで、ピオニンやカァイブもそれぞれ別の出口に分かれての活動となっていた。

 晴明も昇格プレーオフ決勝のときの、満員に近いスタジアムの雰囲気をもう一度味わいたくて、チラシを配る手にも熱が入った。写真や握手を求められたら、元気よく応じる。その甲斐あってか、用意したチラシは、終了時間の四時になる前に、すべて配り終えることができていた。

 教科書に羅列する文字に、晴明はひとつ大きなあくびをした。課題をしなければならないと分かっているものの、どうも気が進まない。

 晴明はまたスマートフォンを手にとって、ツイッターでSJリーグの公式アカウントを検索していた。

 今日はマスコット総選挙の中間結果発表日だ。投票開始から一週間たった時点での現順位が知らされる。

 でも、何時に発表されるかまでは晴明は聞かされていなかったし、おそらく誰も分からない。そして、一八時を過ぎても、まだ中間順位は発表されていなかった。選手のプレー動画が表示されているだけ。

 晴明はスマートフォンを机に置き、課題に取り組もうとした。だけれど、考えないようにすればするほど順位が気になってしまって、課題はさほど手につかなかった。

 そのまま机やベッドで無為な時間を過ごし、家族で夕食を食べて、ゆっくりと風呂に浸かっていると、時刻は夜の八時を回った。

 晴明はリビングのソファに座る。目にするのはテレビではなく、スマートフォンだ。

 再び検索をかける晴明。すると、今度は中間順位が発表されていた。食いつくようにリンクを開いて、結果を確認する。

 サムネイルになっている上位三人のマスコットがまず目に飛びこんできて(その中にはエイジャくんもいた)、四位から降順で、他のマスコットの順位が表示されていた。

 少しずつスクロールする晴明の手は、その中ほどで止まった。

 二十三位。それが中間発表時点のライリスの順位だった。最高の結果とまではいかなかったが、それでも晴明は心の中で小さなガッツポーズを作る。

 去年よりも順位が二つ上がっている。他のマスコットもそれぞれアピールをしているなかでは、上出来の結果といえるだろう。この調子ならば、さらなる高順位も夢ではない。晴明がひとまずの目安としていた二〇位以内も、十分射程圏内だ。

 五月からの自分たちの活動が認められたような気がして、晴明は思いがけず高揚感を味わう。自分たちの進んでいる道は間違っていないのだと思えた。

〝みんな、SJリーグのホームページ見た!? ライリスの中間順位、二十三位だって!”

 アクター部のグループラインに、成がラインを送ってくる。立て続けに送られてきた、諸手を挙げるデフォルメされたゴジラのスタンプに、晴明は成の喜びようを知った。

〝中間時点ですけど、去年より順位上がりましたね! ハルも手ごたえあるんじゃない!?〟

 桜子のラインにもすぐに既読は四件ついたから、今アクター部に所属している全員がグループラインを見ていることは確実だ。顔を合わせてはいないとはいえ、先輩たちの前でハル呼ばわりされることを、晴明は少し恥ずかしく感じる。

 でも、桜子がそう呼ぶのはいつものことだし、ひとまずはいい結果が出せたという安心感が、晴明の指を動かした。

〝そうですね。ハニファンド千葉のファン・サポーターだけじゃなく、ライリスに投票してくれたすべての人に、お礼を言って回りたい気持ちでいっぱいです〟

〝そうだな。触れ合ってくれる人や支えてくれている人がいての、ライリスたちの活動だもんな。その人たちに対する感謝は常に持っとかないとな。でも、似鳥はもっと自分に自信もっていいと思うぜ。この順位アップは間違いなく去年からライリスに入ってきた、お前のおかげでもあるんだから〟

 渡に改めて書かれると、晴明は自分が今までどれだけつまらないポーズをしていたのかを、思い知らされる気分だった。もちろん傲慢になってはいけないが、自分のやってきたことを蔑ろにする必要もない。

〝はい、ありがとうございます〟と返す。ちゃんと正当な評価をしていいと思えた。

〝順位が上がったのはいいことだけど、まだここがゴールってわけじゃないしな。圭太、後半戦もいろいろアピールしてくんだろ?〟

〝ああ、さっそくさっきSNSに、中間順位の報告とさらなる投票をお願いする投稿をしたよ。それに、明日ライリスの活動は午前中だけだろ? 筒井さんにも許可を取って、午後、またTikTok用の動画撮影を入れてもらったから。内容はこれから考えるけど、投票締切までにライリスが人前に出れるのは、明日と来週の土曜の二回しかないからな。やれることはやっとかないと〟

 芽吹の知らせは急だったが、それでも一晩あれば、晴明だって心の準備はできる。晴明は「了解」と文字が書かれた犬のキャラクターのスタンプを送って、返信をした。もうスタンプの使い方も心得ているし、学年が違っても気軽にスタンプを送りあえる関係に、晴明たちはなっていた。

〝そうだね。一つでも上の順位を目指すためには、とにかくがんばらないと〟

〝はい。今から優勝! っていうのはちょっと難しいかもしれませんけど、せめてベスト二〇には入りましょう!〟

〝ライリスきっかけで、フカスタに来てくれる人も増えるかもしれないしな〟

〝今までライリスを支えてくれたすべての人たちに、応えられるような結果を出したいです〟

〝そうだな。じゃあ、残り一週間、改めて全員でがんばろう!〟

 渡がそう送ったことをきっかけに、部員たちはそれぞれ意気揚々と、応えるスタンプを送った。一つとして同じスタンプはなくても、向いている方向は一緒で、晴明には思わず笑みがこぼれてしまうほど心強い。

 振り向いてきた奈津美に「どうしたの?」と聞かれ、「ううん、なんでもない」と答える。「ちょっと、課題の続きやってくるね」とソファを立つ晴明。中間結果が発表される前は手につかなかった課題も、今なら本当に進められそうな気がしていた。


(続く)


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