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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(185)


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 晴明と芽吹がバスを降りると、かすかな潮の匂いが香ってくる。

 横断歩道を渡ると、冬の午前中ということもあってか、公園に人の気配はあまり感じられなかった。コートでテニスをしている人はいるけれど、多目的広場に人は数人しか見受けられない。おそらくは散歩をしている地域住民なのだろうが、ここで合っているのかと晴明は少し不安になってしまう。

 でも、第一駐車場にハニファンド千葉のワンボックスカーが停められているから、間違ってはいないようだ。

 筒井と合流して、説明もそこそこに晴明はライリスを着る。今日のイベントはもう始まっていた。

 美浜区にある稲毛海浜公園が、この日のライリスの活動場所だった。何年も前から開催されている海ごみゼロを目指すキャンペーンの一環として、稲毛海浜公園に隣接する海水浴場・いなげの浜でゴミ拾いが行われるのだ。

 ゴミ拾い自体はもう三〇分ほど前から行われていて、ライリスが参加するのは最後の二〇分くらいだったが、それでもライリスが来るとあって、筒井によればこの日の参加者は例年よりも多いらしい。ライリスと参加者が触れ合えるのは、ゴミ拾いが終わった後の短い時間しかなかったが、それでも一つのご褒美にはなるだろう。

 晴明はライリスになって、車から降りた。やってきた人の視線が自分たちに向けられていることを、晴明はいつものように感じていた。

 筒井に連れられて砂浜に降り立つと、ライリスとしては感じたことのないふかふかした感触が、靴を通じて晴明のもとに上ってくる。足を取られて、慣れるまでは歩くのに少し苦労しそうだ。

 それでも一歩一歩足を前に進めていると、少しくすんだ海が見えてくる。遠くから見れば綺麗な水色や深い青に見えるのだろうけれど、近くに寄ればわずかに灰色の絵の具を落としたかのようだ。

 着ぐるみに入っていると風は感じないが、それでも海風が吹いていることが、手に持つゴミ袋が小さく揺れていることから晴明には分かった。冬の海は、晴明をワクワクさせるには表情が乏しい。

 でも、ゴミ拾いに対するやる気はあったので、ライリスに気づいた参加者が手を振っているのを見ていると、無邪気に手を振り返すことができた。

 ライリスを着ていては波打ち際までいくことはできないので、晴明は砂浜を重点的に見て回ることになった。

 この時期だからゴミはあまりないだろうという晴明の予想に反して、砂浜には空き缶やガムの包み紙、お菓子やパンの袋など、目を皿にして探さなくても分かるほどのゴミが捨てられていた。海水浴シーズンからもう半年は経っているのに、まだこんなにゴミがあることに、晴明は少し失望しながら、トングで拾って分別しながらゴミ袋に捨てていく。

 辺りを見渡すと、他の参加者のゴミ袋にも多くのゴミが入っている。波打ち際に漂着したゴミもあり、きっと東京湾の向こうから捨てられたゴミが、ここに流れ着いているのだろう。

 そう思うと、晴明は少し悲しい気持ちにさえなった。ゴミを拾っていると、いいことをしているという自己効力感が生まれるが、そもそもこういった活動はしなくていいに越したことはないのだ。ゴミが一つもなければ、それが理想だ。

 筒井に連れられてゴミ拾いをするライリスを、芽吹がスマートフォンで撮影している。この様子も後でSNSにアップされるのだろう。

 少しでも投稿が広まって、海だけでなくてもゴミをポイ捨てする人が一人でも減ってくれたらいいと、晴明はライリスの中で汗をかきながら思った。

 一時間にも及ぶゴミ拾いが終わって、ゴミ袋を業者の人間が回収して、最後にライリスも含めた参加者全員で東京湾をバックに記念撮影をすると、この日の活動の半分が終わる。

 それでも、晴明はまっすぐ車に帰ることなく、希望する参加者とグリーティングの時間を設けた。参加者はおおよそライリスに好意的で、触れ合うとまではいかなくても、写真を撮ってくれる人が大半だった。ライリスもかなり地域に浸透してきたことが伝わってきて、晴明は着ぐるみの中で思わず口角を上げてしまう。

 残ってくれた一人一人と丁寧にグリーティングをしていると、晴明の心は暖められていく。この人たちはライリスを必要としている。それが自分自身を必要としていることに結びついていなくても、晴明は思っていたほど傷つかなかった。喜んでいる人たちの満足げな表情が見られれば、それでいいと思っていた。

 何人かとのグリーティングを終えた後に、由香里が晴明の前にやってくる。首元にはハニファンド千葉の赤いタオルマフラーを巻いていて、ここでもハニファンド千葉のアピールに余念がない。

 手を握りながら、「ライリス、お疲れ様!」と言ってくる由香里に、晴明はうんうんと頷いた。

 今日、莉菜はここには来ていない。でも、莉菜には莉菜の都合があるのだろう。だから不在でも晴明は焦ることはなかった。元気に過ごしてくれれば、何も言うことはない。

「ライリス、TikTok見てるよ! 今までに知らなかったライリスの色んな一面が見れて、すごく面白いよ!」

 由香里は、ライリスの中に晴明が入っていることを知っている。だから、その言葉にはきっと自分のことも含まれているのだろうと晴明は思う。ここまで自分の頑張りを認めてくれる人は、アクター部やハニファンド千葉の関係者以外では、由香里しかいない。

 だから、晴明は純粋な誉め言葉だと受け取れたし、胸に手を当てて喜びを表現できる。

 今砂浜にはライリスや筒井、芽吹の他には主催者の男性と由香里ぐらいしかいない。それでも、晴明は不思議と寂しくはなかった。右手でスマートフォンを持つ真似をして、左手で操作するふりをする。

「うん、もちろん投票も毎日してるよ。私だけじゃなくて莉菜も欠かさずやってる。中間発表見たよ。二十三位でしょ? 去年より順位上がってよかったじゃん!」

 晴明の意図するところが、由香里にはすぐに分かったようで、若干寒がる様子を見せながらも、笑顔で返事をしていた。こうして実際に投票してくれている人を見ると、晴明は溢れんばかりの感謝の意を抱かずにはいられない。

 思わず由香里を抱きしめたくなったが、すんでのところで踏みとどまる。代わりにもう一度胸に手を当ててから、今度はサムズアップを作った。

 晴れた空。澄んだ空気のなかに、自分の親指がくっきりと見える。

「うん、分かってる。私ももっともっと他の人に呼びかけて、ライリスに投票してもらえるようにするよ。だから、最終結果発表ではもっと順位、上がってるといいね」

 何の衒いもなく口にする由香里に、晴明もできる限り大きく頷いた。脳裏に由香里だけじゃなく、ライリスたちに接してくれるファンやサポーターの顔が浮かんでくる。何人もの顔が瞬時に思い出されて、これだけの人がついていると、晴明は自信を深めた。

 最後にもう一度手を握り合ってから、由香里は晴明たちのもとを離れていった。グリーティングの参加者もいなくなったので、晴明たちも少ししてから、後をついていくようにいなげの浜から引き上げていく。

 背後で鳴る波の音に、晴明はどこか後ろ髪を引かれるような思いがした。

 ライリスを脱いだ晴明は、そのまま少し休憩してから、芽吹と一緒に筒井の運転する車に乗って、フカツ電器スタジアムに向かっていた。

 車内で会話はあまり弾まなかったが、それでも筒井は道中のコンビニエンスストアで、晴明たちに昼食を奢ってくれた。パンやおにぎりを買いつつ感謝する二人にも、筒井は「当然のことですよ」と恩に着せるような真似をしなかった。

 シーズン中に話していてもそうだが、こういったときに晴明は筒井の懐の深さを感じて、心が温かくなる。お金を出してもらっただけの働きをしないとと、惣菜パンを食べながら晴明は気を引き締め直していた。

 スタジアム内にある駐車場に車を停めて、ライリスの着ぐるみと一緒に会議室二に向かうと、そこでは桜子と植田が既に待っていた。晴明たちが入ってくるなり立ち上がった二人は、まず午前中の砂浜でのゴミ拾いの様子を訊いてくる。まあまあよく拾えたとか、参加者との触れ合いも十分に行えたと晴明たちが話すと、桜子は大きく、植田はさりげなく胸をなでおろしていた。自分がいないところでの活動が、心配だったらしい。

 桜子の目は早くも安心しきっていて、晴明はまだこれから撮影があるだろとツッコミを入れていた。

 再びライリスに入る前に、晴明は芽吹から改めて今日撮影する動画の説明を受ける。以前と同じダンス動画に、スケッチブックを用いた選手の紹介動画、最終結果発表時に投稿する感謝を伝える動画や、その後を見据えたちばしんカップやリーグ戦の告知動画も今日で一気に撮るのだ。

 せっかくTikTokのアカウントを作ったのだから、マスコット総選挙後も定期的に運用したいと言う芽吹に、他の全員も頷いていた。新規層の獲得は、ハニファンド千葉としても力を入れていきたい部分のようで、自分が観客動員に少しでも貢献できるのなら、異存なんて晴明にはあるはずもなかった。

 午前中と同じようにライリスに入って、晴明は適宜休憩も入れながら動画の撮影に励んだ。

 一週間で覚えた流行っているらしいダンスはさほど難易度は高くなく、動きを止めることなく最後まで踊ることができた。数テイク撮って芽吹からOKが出る。上手い下手よりも、ただライリスが踊っているだけで価値があると言われて、晴明は納得することができていた。

 選手紹介の動画は、ゴールキーパー、ディフェンダー、ミッドフィルダー、フォワードのポジションごとに四つ撮った。

 それぞれ異なるスケッチブックには、写真と簡単な選手紹介がまとめられていた。桜子と芽吹がこの一週間で協力して作ったらしく、その手作り感がウケそうだなと晴明は撮影された動画を見返してみて思った。

 投票の感謝を伝える動画や、試合の告知動画でどう動くのかは、概ね晴明の即興性に委ねられていた。

 普段のグリーティングにも筋書きはないし、着ぐるみはそもそも一回性の娯楽だ。同じ出番は二つとない。

 晴明も数日前に言われて、どう動けばいいのかはずっとイメージしてきたから、そこまで苦には感じなかったし、何より筒井が自分を信じて任せてくれたのが嬉しかった。

 スマートフォンの前で、身振り手振りで感謝や試合があることを伝える晴明。どれも一回でOKが出たことは自分の成長を物語っているみたいで、晴明は手ごたえを感じる。

 ライリスを脱いでから、撮影した動画を見せてもらう。字幕が入っていない動画は少し味気なかったけれど、それでも自分の動きを客観視してもなお、晴明は悪くないと思えていた。

 一〇本以上の動画を撮り終わって晴明たちが外に出たころには、もう西の空は目の覚めるような橙色に染まっていた。最近は少しずつ日が落ちるのも遅くなってきたとはいえ、五時にもなっていない段階での夕焼け空は、晴明にまだ季節は冬だと思わせる。

 寒々しい風に身を縮こまらせながら蘇我駅へと歩いて、そこで晴明たち部員は植田と別れた。ホームに降りると電車はわりあいすぐに来て、休日だから帰宅ラッシュも緩く、晴明たちは三人並んで座ることができた。

 足元から上ってくる暖房に、座った瞬間から晴明はふと眠りかける。今日も一日がんばったという心地いい疲れが、じんわりと体中を巡っていた。

 だけれど、わずかな時間でも眠ることを妨げるかのように、ポケットに入れていたスマートフォンが振動する。取り出してみると、成からラインが来ていた。


(続く)


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