スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(145)
前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(144)
「勝呂さん、嘘をつくのはやめてください。僕たちはまだまだ未熟です。スーツアクターとしても、人間としても。もっといいスーツアクターになるためには、まだまだ練習や経験が必要です。それは勝呂さんも、よく分かってるんじゃないですか?」
「渡さん、どうしてそんなに自分たちを卑下するんですか? 私はスーツアクターとしての渡さんたちは、どこに出しても恥ずかしくないと思ってますよ」
「別に卑下なんかしていません。ただ現実を言っているだけです。それとも、勝呂さんはまだまだ未熟な僕たちを、放って行ってしまうんですか? 悪い言い方になりますけど、僕たちを見捨てて行ってしまうんですか?」
強い言い方をした渡に、晴明は内心驚いたが、自分が抱いていた恐怖心が言語化された気もしていた。もちろん勝呂にその意図はないだろうが、結果だけ見れば、自分たちは見捨てられるかもしれないのだ。
勝呂はまた小さく笑ったけれど、困った笑みなのは晴明にもありありと分かった。
「見捨てるなんて、人聞きが悪いですね。子供が大人になって、親が子供の世話をしなくなったら、それは子供を見捨てたことになるんですか? 皆さんはもう、私が手取り足取り教えなくても大丈夫な段階に来てるんですよ。もっと自覚を持ってください」
丁寧に諭す勝呂に、晴明たちが口にできる言葉は少なくなっていく。
もしかしたら自分たちには、思っている以上にスーツアクターとしての力量があるのかもしれない。一瞬晴明はそう思ったが、すぐに自惚れだと打ち消した。一年か二年で極められるほど、スーツアクターは甘くないだろう。
勝呂がアクター部を去る理由を自分たちに求めているようで、晴明は少し反感を抱く。何も言えなくなっている先輩たちや桜子を差し置いて、しっかりと勝呂の目を見て口を開いた。
「勝呂さん。勝呂さんはそんなにアクター部を去りたいんですか? 僕たちから離れたいんですか?」
「いえ、断じてそうではありません。もしゴロープロダクションの経営を継ぐとしたら、両立は難しいと言っているだけで……」
「それは分かってます。でも、諸々の事情はいったん置いといて、本音を聞かせてください。勝呂さんは本当はこれからどうしたいんですか?」
部員たちの視線が、勝呂に突き刺さる。自分たちは腹を割って話しているから、勝呂にも嘘偽りのない本音を言ってほしい。晴明は勝呂が答えてくれるのを静かに待った。
息が詰まりそうな空気の中、勝呂はわずかに目を伏せている。表情に漂っている雰囲気には、苦渋という言葉が当てはまった。
「笑わないで聞いてくれますか?」
ぽつりと呟いた勝呂に、全員が頷く。どんなことだろうと、勝呂が話してくれた以上、素直に受け入れようと晴明は感じていた。
「本当のことを言うと、私もまだアクター部の指導を続けていたいです。特にアクター組の三人は、私のアドバイスを素直に聞いてくれて、日を追うごとに成長しているので、教えていてやりがいがあります。この先もずっとアクター部に来れたらというのは、間違いなく私の理想の一つです」
勝呂がこぼした本音は、晴明たちがまさに聞きたかった言葉だった。心の底では気持ちが通じ合っていたと晴明は知って、「だったら続ければいいじゃないですか」という言葉が、喉まで出かかる。
それでも言わなかったのは、勝呂の気持ちが分かったところで、まだ問題は一つも解決していないからだった。勝呂の表情は、少しも晴れていない。だから、晴明たちは神妙な顔をし続けるしかなかった。
「でも、もう苦しいんです。外部指導者ではなく、スーツアクターを続けるのが。いくらがんばっても父と比較されて、まだまだだって言われてしまう。勝呂克己ではなく、勝呂五郎の息子としか見られていない。正直もう耐えきれません。本当は今すぐにでもスーツアクターを引退したいけれど、まだ控えている仕事はあるし、現役じゃないと皆さんへの指導にも説得力が出ないでしょう。『どうしたいんですか?』って、私が皆さんに訊きたいですよ。私はいったいどうすればいいんですか?」
堰を切ったように、勝呂は言葉を溢れ出させた。引き出した本音は、想像もしないほど深刻なもので、晴明たちは何も返せなかった。
「スーツアクターを続けてください」と気安く言うことはとてもできない。それでは勝呂に、苦しみ続けろと言うようなものだ。
悩みを打ち明けてくれた喜びもすぐに霧消して、部室には再び重苦しい空気が流れ始める。何を言っても勝呂を救えなさそうで、晴明はただ俯くだけだった。
「なんて、言いすぎましたかね。自分のことも分からないなんて、私もまだまだ未熟な証拠ですね。さ、皆さん。もう帰りましょう。下校時間は過ぎてますよ」
そう言って小さく笑った勝呂がどことなく悲しげに見えたから、晴明たちは素直に従って、部室から出るしかなかった。
明かりを消して、鍵を閉める。部室棟の周囲に自分たち以外の気配はなくて、晴明はおぞましくさえ感じてしまう。
「では、また明後日に」と言い残して、勝呂は晴明たちのもとから去っていく。その後ろ姿は、すぐに暗い夜に飲みこまれてしまっていた。
傾いた太陽は、すでに家々の間にその姿を隠そうとしている。やんわりとした日差しが晴明たちを照らして、校舎に長い影を作る。もうそろそろ下校時間だ。
晴明たちは声を出しあって、残りわずかとなった練習時間を乗り切ろうとしていた。
だけれど、西校舎裏だけどんよりと雲が広がっているように、晴明には思えてしまう。何ともないように振る舞っていても、渡も成も昨日の勝呂の話を引きずっているのは明らかだった。
自分たちにできることはないと言われたような衝撃は、まだ晴明の頭からは抜けきっていない。明日の活動にも勝呂は来てくれるが、晴明はどんな顔をして会えばいいのか分からなくなっていた。
帰り道も会話はさほど弾まず、帰宅してからも、晴明はもやもやした気持ちを抱えこみながら過ごしていた。夕食も喉を通らないとまではいかなかったが、少し味が薄いように感じられる。
歴史番組を見ている冬樹や奈津美と一緒にいる気分にもなれなくて、「勉強してる」と晴明は、逃げこむように自分の部屋に入った。
とはいえ、本当に勉強をする気にもなかなかなれず、晴明はスマートフォンを手にして、ベッドに横になる。配信されている海外ドラマをぼんやりと眺める。それでも、どんなに緊迫した場面でも晴明の頭は明日、あるいはこれからどうしようという思いで埋め尽くされていた。
一話見終えて、続けて次の話を見ようとした瞬間、スマートフォンが着信を知らせる。発信者は樺沢だ。何か進展があったのだろうか。
晴明は電話に出て、「はい、似鳥です」と逸る気持ちを抑えるように言う。電話の向こうの樺沢は、淡々とした様子で答えた。
「ああ、似鳥。ごめんな、こんな夜遅くに。今大丈夫?」
時刻は間もなく夜の一一時になろうとしていた。普段だったら、もう寝支度を始めている時間だ。正直少し眠たかったが、晴明はそれをおくびにも出さなかった。
「はい、大丈夫です。どうしたんですか? 何か進展があったんですか?」
「そう言えたならいいんだけどな。なかなか難しいよ」
心もとない返事は、晴明を明確に落胆させた。簡単に解決する問題ではないと分かっていたが、ここまで何も起こらないと、楽観的に考えることは余計にできなくなる。
「そうですか……」と呟いた声は明らかに元気がなく、晴明はスマートフォンを耳から離したくさえなった。
「ごめんな。全然力になれなくて。でも、事務所のみんなで今必死に考えてるところだから。俺たちだって何も動いてないわけじゃない。それだけは分かってくれ」
樺沢の弁明も、晴明にはどこか言い訳がましく聞こえてしまう。消え入るような返事は上の空で、電話の向こうの相手と向き合えていなかった。樺沢の声も、遠慮がちでぎこちない。
「……ところでさ、アクター部はなんか勝呂さんと話してたりすんの?」
「はい。『このまま来続けてほしい』って伝えました」
「結果はどうだったんだ?」
「続けられるものなら続けたい。だけれど、もう苦しい。父親と比較されることに耐えきれない。そう言われてしまいました」
「そっか……。勝呂さんがそこまで思い詰めてるとはな……」
声の様子から、樺沢が表情を曇らせたのを晴明は察した。電波がいいのが皮肉だ。自分たちはこんなに沈んでいるのに、声はクリアで聞き取りやすい。
たった数秒間の沈黙が、晴明にはその何倍にも感じられた。両親ももう寝てしまったのか、家には何一つ音がしない。
「……ところでさ、今これ訊いていいのか分かんないけど、明日ってアクター部の活動ある?」
急に話題を転換させた樺沢の意図が、晴明には読めなかった。けれど、言葉を濁す必要も同じく感じられない。
「はい、ありますよ。土曜ですから」
「もしよかったらだけど、どこで活動すんのか教えてくれる?」
「千葉ポートアリーナですけど、樺沢さん来るんですか?」
「いや、行かない。俺は俺で別のところで出番があるから」
じゃあどうして訊いたんだという疑問が、喉まで出かかる。ただ話を繋ごうとしただけなのだろうか。だけれど、その疑念も樺沢が続けた言葉を聞いて、少し晴れる。
「ちなみになんだけど、そこに勝呂さんは来るの?」
「はい。来る予定ですけど、それがどうかしたんですか?」
「いや、なんだかんだ言って勝呂さん、まだアクター部に来てくれるんだなって。ちょっとだけ安心した」
言葉通り、樺沢の声は少し落ち着きを取り戻していたが、晴明は安心できなかった。事態は悪化の一途を辿り、少しもよくなっていない。かすかな希望さえ持てない状況だった。
「あのさ、そろそろ失礼していい? もう時間も大分遅くなってきたから」
自分からかけてきたくせにとは、晴明は言わずただ頷いた。「まあ、あまり深刻に考えすぎんなよ。なるようになるって」との言葉が、耳を滑っていく。
最後に樺沢は夜分遅くに電話をかけたことを改めて謝って、電話を切った。もう音を発しなくなったスマートフォンが、晴明にはただのガラクタにさえ見えてしまう。枕元に置くと、歯を磨くため晴明は立ち上がって一階を目指す。
樺沢からの電話は、ただ晴明の不安を煽っただけだった。手を尽くしてくれているのが分かっていても、晴明はわずかに恨みがましい思いを抱かずにはいられなかった。
抜けるような青空が広がり、比較的暖かい陽気のなかで晴明は、ラトカちゃんに入って来場者に手を振っていた。さすがは千葉ポートアリーナの所在地である千葉市中央区のキャラクターだからか、認知度はほどほどに高く手を振り返してくれたり、笑顔を見せてくれる人も多くて、勝呂のことで悩む晴明を勇気づけてくれていた。
正面にはチューマくんに入った渡がいる。車いすの人と同じ目線にまでしゃがみこんでいて、晴明は誠実さを感じた。
一一月最後の土曜日。千葉ポートアリーナでは、パラスポーツフェスタが行われていた。ポッチャやシッティングバレーボールなどパラスポーツを体験して、理解を深めようという催しだ。
今は入り口の前で来場者を迎えているが後で晴明たちも、もちろんチューマくんとラトカちゃんに入った状態で、ポッチャを体験することになっている。閉場する一七時まで出番は続くが、成も含めてローテーションで入るから、体力は持ってくれるだろう。
晴明は次々とやってくる来場者を、練習してきた大げさな動作で迎え続けた。動き続けて、勝呂への心配をひとまずは封印しようと試みた。
それでも、控室に戻っていざ着ぐるみを脱げば、そこには何てことのないように振る舞う勝呂がいて、晴明は神妙な気持ちになってしまう。外で晴明たちの動きを見ていた勝呂は、とりあえずは褒めてくれたものの、外部指導者としての役割からは一歩も出ようとはしなかった。
今の状況では、来てくれるだけありがたい。それは晴明にも分かっていたものの、自然な勝呂の表情からはかえってよそよそしさを感じて、胸の奥がざらざらしてしまっていた。
束の間の休憩をはさんで、今度は渡と成がチューマくんとラトカちゃんに入って表に出た。待機することになった晴明は、勉強をして時間を潰す。
勝呂や引率の植田も外に出ていて、桜子や芽吹はアテンドをしているから、控え室には晴明一人しかいない。話し相手もいなくて、晴明が黙々と勉強に励んでいると、急にドアが二回ノックされた。渡や成たちはまだ戻ってくる時間ではないし、勝呂や植田ならノックの必要はないはずだ。
いったい誰だろうと思い、晴明がドアを開けると、そこには五郎が立っていた。想像もしなかった人物の登場に、晴明は思わず口を小さく開けてしまう。
(続く)
次回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(146)
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