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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(147)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(146)






「では、勝呂さんから見て、何かあればお願いします」

 植田が隣に立つ勝呂に発言のバトンを渡す。勝呂は全員の顔を確かめるように見回した。視線が合って晴明は思わず背筋を伸ばす。一人一人の目をしっかりと確認してから、勝呂は口を開いた。

「皆さん、ひとまず今日は一日お疲れ様でした。渡くんも南風原さんも似鳥くんも、大きなミスを犯すことなく、そつなくこなせていたと思います。チューマくんもラトカちゃんも溌剌としていました。きっとお客さんもいい印象を抱いたことでしょう」

 褒め言葉から感想を始めた勝呂に、晴明は真面目な表情の下で大いに安堵した。自分たちの働きが認められることは、何回聞いても新鮮な甘い味がする。

 だけれど、勝呂は「ただ」と話を繋げた。褒めた後には、必ず改善点が続く。晴明は気持ちを引き締め直した。

「お客さんが抱いた印象は、あくまで感心したというレベルのものです。私は皆さんには、その上の感動を与えてほしい。中に人が入っているのを忘れてしまうくらいの、強い印象を残してほしいと思います。正直まだまだですが、これから適切な練習を重ねていけば、皆さんはそのレベルに達することができる。私はそう考えています」

 いつも勝呂の厳しい言葉は期待の裏返しだったが、今日はなおさらその意味合いが強いと晴明は感じた。

 すぐにした返事が、他の部員と合う。何度同じ体験をしてみても、こそばゆさは晴明の中から抜けてはいなかった。

「言いたいことは以上です。よりよいスーツアクターになれるよう、これからの練習もがんばりましょう」

 さっきまで揃っていた返事が、急に合わなくなった。誰もしゃべっていないのに、空気がざわついているように晴明には感じられる。

 勝呂は凛々しい表情をしている。「勝呂さん、それって……」と成に尋ねられて、かすかに口元を緩めていた。

「皆さんにお伝えします。私勝呂克己は来月からも、スーツアクターとアクター部の外部指導者を続けることにしました」

 勝呂の言葉に、控室が今度ははっきりとどよめいたのが晴明には分かった。事前に知らされていなかったのか、植田でさえも目を丸くしている。

 勝呂が言ったことは、晴明たちにしてみれば願ってもないものだ。だけれど、大げさに喜んでいる部員はいなかった。

 自分たちが無理に繋ぎ止めてしまっているのではないか。そう思うと、せっかくの勝呂の決意も、晴明は手放しで歓迎できない。

 六人の少し疑いも含んだ視線を浴びてもなお、勝呂は相好を崩さなかった。

「父親やあなたたちに引き留められたからではないですよ。私はしっかりと、自分の意志を持って決断したんです。確かにスーツアクターは大変な仕事ですし、なかなか一般の人からは評価されない苦しさもあります。だけれど、それを上回る喜びが、着ぐるみの中にはあると感じました。素の状態からは考えられないほど、多くの人々を笑顔にできる。こんなに意義のある仕事はそうそうないと思いました」

 勝呂の言葉には実感がこもっていて、晴明たちを満足させるために、口から出まかせを言っているようではなさそうだった。

 それでも、控室に張られた緊張の糸は緩まない。晴明は「勝呂さん、無理しないでください」と喉まで出かかった言葉を引っこめる。余計な口を挟んで、勝呂の意向を変えることだけは避けたかった。

「もちろんこれからスーツアクターや外部指導者を続けていくうえで、悩むことや苦しむこと、壁にぶつかることもあるでしょう。でも、別に一人で乗り越える必要はないと気づいたんです。私には皆さんや事務所の同僚といった、気にかけてくれる人がいる。周囲の人の声を思い出せば、なんとか踏ん張れる。断言はできないけれど、私はそう思いたいんです」

 こうして自分たちが勝呂の言葉を聞いている間にも、閉館時間は刻一刻と迫っている。いつまでもここにはいられない。

 だけれどそんなことは、晴明にはもはやどうでもよかった。勝呂が自分たちを向いて喋ってくれている。それだけで十分だと思った。

「そのことを教えてくれたのは、紛れもない皆さんです。私一人で抱え込んでいたら、今頃私はスーツアクターをやめていたかもしれません。自分が教えているつもりが、気がつけば皆さんからスーツアクターのすばらしさを教えてもらっていました。最初は学生の指導をすることに懐疑的な部分もありましたけれど、今は皆さんに会えてよかったと、心から言うことができます」

 堂々と顔を上げて言葉を紡ぐ勝呂に、晴明の胸は満たされていく。嫌々ではないと今さらながらに気づく。

 晴明は勝呂から目を離さなかった。見れば見るほど、心で会話ができているような。そんな気がした。

「ですから皆さんさえよければ、これからも私をアクター部の外部指導者でいさせてください。どうかよろしくお願いします」

 下げた頭の深さに、晴明たちは勝呂の意志の強さを見る。どうしたらいいかという戸惑いは、晴明たちにはもういらなかった。

 渡が部員たちの顔を見回してから、「勝呂さん、こちらこそこれからもよろしくお願いします!」と声を張る。晴明たちも「よろしくお願いします!」と続けて、同じように頭を下げた。自分たちの気持ちが伝わるように、深く深く。

 やがて頭を上げると、そこには柔らかく微笑む勝呂の姿があった。飾らない表情に、これ以上の言葉は必要ない。

 植田が解散を告げたときには閉館時間間際で、晴明たちはすぐに控室を出なければならなかった。それでも、出口に向かいながら晴明たち部員は一人残らず、勝呂のもとに歩み寄っていく。

 部員たちの呼びかけに心からの笑顔で応えてくれる勝呂を見て、晴明は自分たちの間にあった目に見えない壁が、きれいさっぱり取り払われたと感じた。



 車内の雰囲気は今までとは少し違った。ハニファンド千葉の赤いユニフォームを着た人々から、目に見えない熱が発せられている。既に臨戦態勢に入っているようで、晴明の気はより引き締められる。

 まだ朝の九時を過ぎたばかりなのに、車内のボルテージは早くも高まっていた。

 今日はいよいよハニファンド千葉のホーム最終戦にして、シーズン最終戦でもある。対戦相手であるEC岐阜は来シーズンの二部リーグ残留こそ決めているものの、現在一八位に沈んでいて、目の前の試合にかける意気込みは、間違いなくハニファンド千葉の方が強い。ハニファンド千葉は現在四位で、三点差以上で勝てばという厳しい条件付きだが、まだ自動昇格の可能性を残している。

 筒井の話によれば前売り券だけでも五〇〇〇枚以上が売れているらしく、当日券も合わせると今シーズン最多の入場者数となるのは確実だ。

 自分がプレーするわけでもないのに、晴明の気持ちは自然と昂る。既に大勢の人前に出ることで感じる気後れよりも、ハニファンド千葉に勝ってもらうためにスタジアムを盛り上げたいという気持ちの方が強かった。

 改札前で先輩たちや顧問の二人と合流して、晴明たちはスタジアムへと歩き出す。

 今日は勝呂は東京で自分の仕事があるため、アクター部には来ていない。

 だけれど、昨日勝呂がこれからもアクター部を指導してくれることが決定したからか、部員たちの顔は皆晴れやかだった。これから始まる大事な出番にも、気負っている様子は見られない。

 いい具合にリラックスしていて、晴明は今日も前向きな気持ちでライリスになれそうだと、わけもなく思った。

 第二会議室に入ると、ブルーシートの上に置かれたライリスたちの着ぐるみが晴明たちの目に留まる。シーズンが終わっても地域活動は引き続き行われるから、晴明がライリスに入るのは今日が最後ではない。

 だけれど、ライリスに入ってきた半年間の、一つの集大成にはなる。そう思うと、ライリスの目が自分に強く訴えかけてくるように見えた。

 晴明は心の中で頷く。今日も自分がライリスに命を吹き込むのだと、決意を新たにした。

 ブルーシートの上にはライリス、ピオニン、カァイブの他に初めて見る着ぐるみが一体置かれていた。そのキャラクターが誰なのかは、晴明は当然もう知っている。

 大きな手袋にレンゲの花を模した頭部。ピンクと白のコントラストが印象的なそのキャラクターは、EC岐阜のマスコットキャラクター・ギッフェンそのものだった。ダンスが得意とあって、ライリスたちよりもいくらか細身に見える。

 縦長の目が自分たちの心の中を覗いてくるようで、晴明はしばし目を合わす。頭の中でギッフェンとファンやサポーターの前に出ている姿を想像した。

 ギッフェンのスーツアクターやアテンドらしき人の姿は、第二会議室にはなかった。だけれど、机の上には見慣れない荷物が置いてあるから、もう到着しているのは間違いない。

 筒井が第二会議室を後にして、晴明たちには開始ミーティングまで待機の時間が与えられる。いつものように晴明が桜子や先輩たちと何気ない話をしていると、おもむろにドアが開けられた。

「ちょっと村阪さん、もうライリスたちに入る人、来ちゃってるじゃないですか」

「やっぱ会議室でじっと待ってた方がよかったかな」

「そうですよ。何ですか、わざわざ出迎えて驚かそうなんて。私たちフカスタ初めて来たんですよ?」

「ごめんごめん。次からは大人しく待っておくことにするよ」

 入ってきたのは、彫りが深い男性と、それよりも少し年下に見える女性だった。二人ともEC岐阜のエンブレムが胸にあしらわれたピステスーツを着ていて、身長も自分と同じ一六〇センチメートルくらいだったから、晴明はこの二人がギッフェンに入るスーツアクターとそのアテンドなのだと直感する。

 晴明たちを見るなり、挨拶よりも先にひそひそ話していたが、まだ人が入っていないスタジアムでは、その声は丸聞こえだった。でも、二人の間に刺々しさはなかったから、きっと良好な関係を築けているのだろう。

 晴明たちは席を立って、自分たちから二人のもとへと向かっていく。男性は興味深そうに、晴明たちの顔を代わる代わる見回していた。

 一通り晴明たちが自己紹介を終えると、男性は爽やかに笑ってみせた。目鼻立ちがはっきりしていて、素直にかっこいいなと晴明は思った。

「どうもこんにちは。ジョージ・クルーニーです」

 男性が口にしたのは想像とはかけ離れた言葉だったから、晴明はどう反応すればいいのか分からなかった。

 それは他の部員も同じだったようで、室内には気まずい空気が一瞬流れる。昨日と同じくらい、いたたまれない。

「あれ? もしかしてスベった?」

「もしかしなくても、そうですよ。今の子はジョージ・クルーニーなんて分からないんですから」

 女性に指摘されて、男性は声を上げて笑った。何がそんなにおかしいのか、晴明にはいまいち分からない。

「ごめんごめん。ポカンとしちゃったよね。本当は俺、村阪大智(むらさかだいち)っていうの。分かってると思うけど、今日ギッフェンの中に入るの、俺ね」

「私は米倉愛(よねくらあい)です。ギッフェンのアテンドを務めさせてもらっています」

 くだけた話し方の村阪に対し、米倉は丁寧に頭を下げていた。続くようにして、村阪も小さくお辞儀をしていたから、晴明たちを見くびっているわけではないのだろう。

 だけれど、どうしても米倉の方が接しやすいなと晴明は考えてしまう。三〇分後の村阪との共演に、少し不安がよぎった。

「君たちのことは筒井さんから聞いてるよ。部活でスーツアクターやってんだよね?」

 村阪の目は純粋な興味を示していて、嫌味で聞いているわけではなさそうだった。

 自己紹介で言ったのにという思いを飲み込みつつ、晴明たちは頷く。高校生でスーツアクターをやっている人間は希少だから、村阪でなくても引っかかるのは無理ないと晴明は感じた。

「いいなぁ、部活。俺中高では部活に入ってなかったから羨ましいよ」

 懐かしむように言う村阪に、晴明はどう答えていいのか迷った。思い出話に共感するには、まだ顔を合わせた時間が足りない。

「まあ、高校にあったダンス部には時折、顔を出してはいたんだけどね。週七くらいで」

「いや、それもう所属してますよね。模範的な部員じゃないですか」

 突拍子もないことを言った村阪に、米倉がすかさず突っ込みを入れる。きっと二人はこういう関係なのだろう。そう分かって、晴明たちの表情からは戸惑いが消えた。

「まあそういうことだから、今日はよろしくね。一緒にお客さんを楽しませてこう」

 どういうことなのかは晴明にはピンと来なかったが、後半は同意できたので、歯切れのいい返事をする。最初は面食らったけれど、どうやら大きな心配はいらなそうだ。

 それからも、村阪は何か話そうとしていたけれど、ちょうどいいタイミングで筒井が戻ってきたので、晴明たちは自然と筒井のもとに再集合していた。

 配られたプリントに記載されたスケジュールを見るに、ホーム最終戦だからといって出番の数は今までと変わらない。しっかり最後までライリスを全うしなければと、晴明は筒井の話を聞きながら、気合いを入れ直した。


(続く)


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