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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(27)



前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(26)




 スタジアムに着いて、成がライリスに入るまでの間も、有賀は次々と質問をぶつけてきていた。最初は笑顔で答えていた成も、だんだんと雲行きが怪しくなり、頭部を被る前には辟易している様子が見てとれた。

 好奇心のしもべとなって、聞きたいことをためらいもなく聞ける有賀の性格は、新聞記者向きではあるのだろうが、知り合いにはいてほしくないタイプだと晴明は感じていた。

 ライリスの顔にも、早くも疲れの色がにじみはじめている。

 あまりのしつこさに桜子は有賀の手を取って、強制的に取材を終了させた。晴明も連れてそのまま会議室の外から出ていく。グリーディング会場に、一早く辿り着くためだ。

 外に出た後も、有賀は脳の回路を通していないのではと思うほど、見たもの思ったことをそのまま口に出していて、桜子はその都度面倒くさそうに応じていた。

 いつもは場を引っ張る側の桜子が、逆に有賀に引っ張られている。それほど有賀のパーソナリティーは強烈だった。

 グリーディング会場に着くと、ライリスが来るまでにはまだ五分もあるとはいえ、既に十数人ものファン・サポーターが集まっていた。前回のグリーディングと大きくは変わらないメンツで、既に顔見知りなのか会話に躊躇がない。

 もちろん莉菜とその姉もいる。前回とはまた違った紙袋を持っているが、膨らみ方からして、またお菓子の詰め合わせをプレゼントする気らしい。

 振り返ることはなく、黄色いビブスを着た三人にも、気づく様子はなかった。

 この日も時間きっかりに、筒井はライリスを連れて人々のもとにやってくる。

 誰かが気づき、皆が一目散にライリスのもとに駆け寄っていく。ピオニンがいないことに少し落胆した雰囲気はあったが、総じてライリスと無事会えたことが嬉しいらしい。

 この日のライリスは六月らしく、薄水色の雨合羽を着ての登場だ。晴明の目にはやや地味に見えたが、次々と切られるシャッター音の前では、何ら関係がない。

 ライリスを取り囲むファン・サポーター。晴明と桜子は彼ら彼女らの邪魔にならないように、少し離れた位置から、その興奮を見守っていた。

 先週ライリス、というか晴明がしでかした粗相は、この場にいる全員に伝わっているはずだ。それでも、ライリスを取り巻く環境は、現時点では大きな変化を見せていない。

 握手、差し入れ、ツーショット。

 許されたわけでもないのに、晴明は少しだけ安堵してしまっていた。有賀も今のところは、騒動を起こしてはいない。

 雨合羽の裾を無邪気に揺らしてみせるライリスに、サポーターの目は釘付けのまま。その中で、一人だけが輪から離れていく。

 莉菜の姉がスマートフォンをいじっていた。ライリスの写真をSNSにでも投稿しているのだろうか、「よし」と口を動かして頷いている。

 目が合ったのは、晴明も何気なく見ていたからで、彼女は足早に晴明のもとへと近づいてくる。

 バッグにつけられたライリスの缶バッジは、また一つ増えていた。

「あの、もし人違いだったらすまないんですけど、あなた、この前の試合にもボランティアに参加してませんでした?」

 会った時間はものの一〇分程度で、それも二週間前の出来事だというのに。晴明と違って、莉菜の姉は人の顔を覚えることを苦にしていないようだった。

 桜子が向ける戸惑い気味の目にも、怯んではいない。

「はい、いましたけど。どうかされたんですか……?」

「いえ、まだ試合開始三時間前なのに早いなーって思っただけです。それよりも、大丈夫なんですか? ここでライリスを見てて。他にやることがあるんじゃ……」

 図星をつかれて、晴明は返答に窮してしまう。目を泳がせていると、隣の桜子が助け舟を出してくれた。

「私たち、さっきまでそこで列の整理をしてたんですけど、さっき交代の人が来て、今は戻るところなんです。でも、せっかくだからライリスもちょっと見ておこうかなって。この休憩が終わったら、もう試合が始まるまで休めませんから」

 即座にもっともらしい理由をつけてくれる桜子は、晴明の目にはとても聡く映る。二日続けて、桜子に活動を入れてくれた佐貫と泊に、晴明は密かに感謝した。

 見上げる莉菜の姉の表情を見るに、どうやら納得してくれたらしい。

「そうなんですか。大変なんですね。あの、あなたは今日がハニファンドのボランティアはじめてですか?」

 彼女の質問は桜子に向けられている。桜子は分け隔てない笑顔を返した。

「はい。こっちのハルに誘われて、思い切って参加しちゃいました」

 桜子の目線は、晴明に話を合わせろと諭している。だから、晴明も頷いた。

「よっぽど仲がいいんですね。お二人は姉弟か何かですか?」

 かつて一度も言われたことにない言葉に、晴明は心の中で後ずさりをしてしまった。確かに、童顔めいた晴明と、大人びている桜子は、制服を着ていなければ、同じ年齢には見えないのかもしれない。

 固まる晴明の隣で、桜子が笑いながら手を振る。

「違いますよ。私たちはただの友達です。私が文月桜子で、こっちが似鳥晴明。同じ高校一年生です」

 桜子の言葉を受けて、莉菜の姉は少し慌てた様子を見せた。

 そして、何度も晴明に謝ってくる。バグに巻き込まれたゲームのキャラクターみたいに、何度も。

「そんなに謝らなくて大丈夫ですよ。よく言われることですから、気にしないでください。えぇと、莉菜さんのお姉さん?」

「ああ、由香里です。長野由香里っていいます」

 由香里がそう言って、いくつかの視線が自分たちに向けられていることに晴明は気がついた。まるで、自分が無理やりに由香里に謝らせているみたいだ。

「あの、僕本当に気にしてないので。全然どうってことないです」

「いえいえ、こちらこそすいませんでした。あの、よかったらこれもらってください」

 由香里がバッグから出したのは、ライリスとは何ら関係のないブドウ味のグミだった。これもライリスにあげる気だったのだろうか。

 晴明は若干ためらったが、貰わないとこの場は収まらないような気がしたので、仕方なく受けとる。

 「本当にすいませんでした」と言って、足早に二人のもとから離れていく由香里。

 ライリスのもとへ戻る途中で、話を聞きたい有賀につかまっていた。





 グリーディングは盛況のまま終わったが、一般入場は少し趣が異なっていた。

 ホームゲームなのにどこかライリスを歓迎しない雰囲気が流れていて、中に入る成が手を振っても、冷ややかな視線を送るサポーターが少なくなかった。

 先日のライリスの様子が動画でツイートされていて、三〇〇リツイートとなかなかの拡散を見せていたこともあり、応援するクラブのマスコットであるはずなのに、どこか警戒心が芽生えてしまっていた。

 自分が作ってしまった溝は、一朝一夕で埋まるものではないと、晴明は改めて思い知らされる。

 だが、サポーターの反応が芳しくなかったにも関わらず、成は晴明に文句ひとつ言うことなく、着ぐるみを脱いで涼みながら、筒井とこの後の予定について話している。

 自分の与り知らないところで、ライリスの評判が落ちたことは納得できないだろう。だけれど、それを態度に出さず、平然としている成が、晴明にはこの上なくありがたかった。

「ハルさ、アクター部やめないでよね」

 桜子は昼食についてきた紙パックの緑茶を、晴明に渡してから言う。隣に座る。距離はいつも通りだ。

 晴明は目を瞬かせた。言われるまで想像していなかったのに、言葉にされてみると、確かにその選択肢を取ることもできるなと思ってしまう。

 だけれど、「何言ってんの、やめるわけねぇじゃん」と突っぱねた。

 今の自分はまだ透明にはなれていない。教室でも遠慮のない視線はかなり減ったが、未だ健在だ。

 志半ば。晴明の心はまだ折れてはいない。

「なら、いいけど。ハルがやめたら、寂しくなっちゃうからさ」

 劇みたいなセリフを桜子は天然で言うから、晴明は緑茶を吹き出したくなってしまう。こちらを見下ろす瞳は、かすかに潤んでいて、誰しも彼女を恋愛対象として見ずにはいられなさそうだ。

 何とか緑茶を飲み込むと、今度は何の前触れもなく、視界の外から有賀が現れた。

 にやついた顔。

 桜子との話が遮られて、不快感が晴明の中で生まれた。

「よっ、お二人さん。イチャついてんねー」

 配慮なんて家に置いてきたような有賀の声。

 晴明がムッとするよりも先に、桜子が「そんなことないですって」と反駁する。その声だけで顔をしかめていることが晴明には分かった。

 だけれど、有賀は気にする素振りを全く見せない。

「いいのいいの。友達だって自分に言い聞かせるの、そういうの俺好きだから。君たちみたいな十代がやると、なおさら、ね」

 晴明が感じたのは、怒りを通り越して、憐憫だった。きっと有賀はろくに異性と触れ合わないような一〇代を過ごしたのだ。だから、他人の関係に自分の妄想を当てはめて満足している。

 そう決めつけると、目の前の人間が急に可哀想に晴明には見えた。それでも、不快感は収まらないが。

「ところでさ、ライリスが来場者が触れ合ってるところ見てるとさ、なんか胸があったかくならない? 俺さ、ちょっと感動しちゃって。慕われてるんだなーって思った」

 その響きはどこまでも軽薄で、晴明には返す言葉を持ちたいとは思えない。

 だけれど、桜子は「ありがとうございました」とちゃんと礼を言っているから、晴明よりはずいぶん理性的である。
「それは成先輩に言ってもらえますか」と、言い捨てるように付け加えていたとしても。

「冷たいなー。せっかく褒めてんだから、言葉通り受け取ってくれたっていいじゃん。俺、マジいいなって思ったんだって。うちにもマスコットほしいなーなんて思っちゃうくらい」

 何を言っても、有賀の語りは晴明と桜子の耳には届かなかった。二人とも話半分で聞き流すモードに入っている。

 顔を逸らすと、「ちょっと何? 信じてよー?」というペラペラの言葉が飛んできて、晴明は電灯に集まる虫を眺めるような目をした。

 失敗だったのは、視線の先に五十鈴がいたことだ。

 晴明の無礼な態度をキャッチして、五十鈴が三人のもとに歩み寄ってくる。律義にも薄橙色のカットソーの上に黄色のビブスを着ていた。

「ちょっと、晴明くん。桜子さん。せっかく人が褒めてくれてるのに、その態度はないでしょう。ちゃんと向き合って受け入れなきゃ」

 あくまで五十鈴の口調は穏やかで、ただ怒鳴られるよりも説得力を持っていた。援軍を得たことが嬉しいのか、有賀の声は団扇で煽られた火のように勢いを増す。

 しぶしぶ、有賀のもとを向き直る二人。目を合わせるのが嫌で、晴明は喉仏に視線を送った。

「すいません。有賀さん。ウチの部員が失礼な態度を取ってしまって」

 なぜ五十鈴が有賀の肩を持っているのか、晴明には分からない。もしかしたら、同年代の息子を思い出しているからかもしれないが、それにしたって納得できない。

 表情に出すと咎められるので、晴明は感情のない機械だと、自分に言い聞かせた。

「いえいえ、僕も彼らぐらいの年は褒められることに慣れてなくて、突っぱねてましたから。お互い様ですよ」

 まるで仮面をつけ替えたみたいに、有賀は五十鈴に愛想よく応じている。

 年齢によって対応を変える。気にいられる相手を選ぶ。

 教科書通りの処世術を有賀は実施していて、晴明は自分も大学に行けば、こんな判を押したような大人になるのかと、内心嘆息した。

「まあこの年の人間は、なかなか素直になれないですしね」

「やっぱ、そうっすよね。僕、先生尊敬してます。僕だったら絶対できないですから」

 処世術その二。思っていなくても、相手は持ち上げておくこと。

 有賀のお世辞に、五十鈴は分かりやすく気をよくしていて、五〇を過ぎても人間の根っこは、あまり変わらないと晴明は知った。

「そうそう、さっきの話の続きなんですけど、有賀さんは、高校は美浜第一に通われてたんですよね」

 晴明が耳にしたことのない情報は、蘇我駅での話の続きだろうか。有賀は「はい」と淡々と答えている。

 だが、次の五十鈴の言葉は、そんな有賀を硬直させた。

「美浜第一といえば、ウチの部活の副顧問をしている植田先生が、新卒で最初に赴任した高校なんですよね」

 明らかにバツが悪そうにしている有賀を見て、晴明の中で、点と点がつながった。

 攻撃材料を見つけたことが嬉しいのか、桜子が少しの意地悪さを含んで聞いている。

「えっと、ウエケン先生が今二八だから、計算上は有賀さんと、一緒の時期にいたことになりますよね? どうでした? 新卒の頃のウエケン先生は?」

 表情には出していないが、桜子は心の中ではにやついているに違いない。なぜなら晴明もそう感じていたから。

 有賀は右手で首の後ろをさすっている。明らかに困っている態度だ。

「植田先生、職員室でもあまり昔の話したがらないんですよね。実際のところ、どうだったんですか?」

 五十鈴も便乗する。生徒を制止させる役割は、全く果たしていない。

「それ、どうしても言わなきゃダメですかね……」

 有賀の語尾が目に見えて弱まった。少し可哀想な気もしたが、これまで無礼な態度を取ってきた報いだ。

 晴明は最後の追い打ちをかける。

「有賀さん、言ってくれなきゃ、僕は話しませんよ」

 三人の視線を一身に受けた有賀は観念したように、深く息を吐く。

「分かりましたよ。話しますよ」

 有賀の不服そうな態度を、三人は意にも介さなかった。



続く


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