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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(33)



前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(32)




 一分も経たないうちに、桜子が入ってくる。肩に膨らんだカバンをかけて、顔には疑問符が浮かんでいた。ドアを閉めて、泊に問いかける。

「なんか、そこでダッシュしてる成先輩とすれ違ったんですけど、何かあったんですか? 一瞬すぎて何も聞けなくて」

 泊は少し言いよどんでから答える。

「なんか、忘れ物して急いで取りに戻ってるみたいだよ」

 泊が嘘をついたことに、晴明はすぐさま気づく。何か自分たちに知られたら、不都合なことでもあるのだろうか。

 だが、二人が掘り下げるよりも先に、泊は話題を変える。

「ところでさ、フミさ、週刊千葉に載せる原稿書けてる? 金曜発行だから、明後日が締め切りなんだけど」

「えっ、私が書くんでしたっけ?」

「うん、そうだけど。言ってなかったっけ?」

 桜子が困った目つきで晴明を見てきたが、晴明にも初耳だったので、どう返していいかは分からない。泊と桜子は活動中はいつも一緒にいるから、桜子が知らないことを、晴明が知るわけがない。

 泊も困惑したように、耳の裏をかいている。

「先週の火曜に伝えたと思ったんだけど、私の思い違いだったかな。フミにはじめて書き仕事を任せようって、行かせたんだけど」

「でも、私はとま先輩が書いてくれるとばっかり……」

「あのね、私たち三年は九月の大賀祭で引退なの。私がいなくなったら、書ける人いなくなっちゃうでしょ。それに取材に行っていない人間が記事を書くのも違うし」

 泊の言い分も、もっともだと晴明は感じた。先輩たちだって、いつかは引退してしまう。桜子も納得したのか、何も言い返せていない。部室に他の部員はまだ来ない。

 少し黙る時間があって、桜子が口を開く。

「そりゃあ、書くとなったらなんとかはなると思いますけど、それにしたって時間なくないですか? 明後日締め切りって」

「まあはじめてだし、私も手伝うよ。ちょうど頼りになる人も知ってるしね。フミ、スマホで写真は撮ってるよね? インタビュー素材はある?」

「はい、どっちもあります。撮ってくるように言ったの、とま先輩じゃないですか」

「そうだったね。じゃあ、今日はインタビューの文字起こしから始めよっか。とりあえず使う使わないにしろ全文ね」

 先日、桜子がしたインタビューは、一〇分ほどあった気がする。その全てを文字に起こすのにどれくらいの労力がかかるかは、晴明には想像もつかない。

 桜子が元気を取り戻したように、元気よく返事をすると、放課後の開始を告げるチャイムが鳴った。

 三人のうち、最初に部室に現れたのは、成だった。ダッシュして出ていったはずなのに、息一つ切らしていない。やるせなさを隠そうとしていたが、動きと違って、顔の演技はあまり上手くはなかった。

 沈んだ雰囲気を、晴明は敏感に察知する。その手には何も持たれていない。

「成先輩、どこ行ってたんですか? とま先輩は忘れ物を取りに行ったって言ってましたけど」

 尋ねられた成は、座っている泊を垣間見た。二人は目で会話をしたようで、やがて成が笑顔を作る。だけれど、どこか固さを含んでいた。

「うん、まあ最初はそのつもりだったんだけど、よく考えたら今日は必要なかった。走って損しちゃった」

 成は声を出して笑っていたけれど、やはり取り繕っている様子は否めない。壊れたロボットみたいだ。晴明と桜子の視線にも疑いが混ざる。

 成は二人の疑念を感じたのか話題を変えた。

「そうそう。フミ、聞いてよ。とま先輩ってばひどいんだよ。私がビッグサンダーマウンテン乗ってるときに……」

 先ほどと同じ話を桜子にもする成。晴明には、部活が始まるまで話をつなごうとしているようにしか思えなかった。桜子の反応もいつもより小さい。

 成の窮状を察したのか、すぐに佐貫と渡はやってきた。少しだけ世間話をして、部活の準備に取り掛かる六人。

 男子の着替えのために部室を出ていくときに、成と泊が、言葉を交わしているところを晴明は目撃した。





 翌々日。午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、教室の空気は一気に緩む。先生が出ていくと、五〇分の昼休みだ。

 桜子のもとに女子が数人集まってきて、一緒に昼食を食べようと持ちかけてくる。普段は友達と一緒に昼食を食べることが多い桜子だが、この日は申し訳なさそうに断っていた。

 だが、晴明と一緒に昼食を食べるわけでもなく、筆箱を持って教室から出ていく。晴明も教室の外に出て、その後を追う。

「サク、どこ行くんだよ。飯も財布も持たずに」

 晴明を振り返りながらも、桜子は足早に校舎の角を曲がった。

「パソコン室。いやね、昨日で記事の初稿は書けたんだけど、念のために、新聞部の人に見てもらうことになったの」

「その人って、泊先輩が言ってた人?」

 桜子が歩きながら頷く。二人は、東校舎二階の突き当たりにあるパソコン室に到着した。昼休みの使用は許可制になっているが、泊が許可を取ってくれたらしい。

 入り口で名簿に名前を記入して、中ほどの座席に向かう。そこには泊と、男子学生が座っていた。

 どこかで見たことがある顔だと、晴明は感じる。

「とま先輩、忙しいのに時間作ってくれてありがとうございます。そっちの人が言ってた新聞部員の人ですか?」

「うん、水谷。二年だよ」

 紹介されると水谷は座ったままで、「よろしく」と言いながら、小さく頭を下げる。泊と同じくらいの背丈で、整えられた髪の毛から、少し地味な印象を晴明は受けた。

 そして、思い出す。図書館のときに、成や渡と一緒にいたことを。

「こちらこそよろしくお願いします」

「うん、じゃあさっそく始めようか。時間もそんなにないことだし」

 時計は早くも一二時一〇分を指している。残り時間は移動を除けば、あと三五分ほどだ。

 桜子は筆箱の中からUSBメモリを取り出し、パソコンに差し込んだ。ワードから記事を開いて、水谷に見せている。五〇〇字ほどの文章だ。

「どうでしょうか。一応、ライリスが書いているっていう体で書いたんですけど」

 水谷は画面に目を凝らしている。ひりひりする間があったのちに、頷いてから口を開く。

「大体はこれでいいと思うよ。あとは微調整ぐらいで。はじめて書いたにしてはやるじゃん」

 その言葉を聞いて、桜子のみならず晴明もほっと胸をなでおろした。

「ありがとうございます。具体的にはどこを直せばいいでしょうか」

「そうだなぁ。まずは八行目の『遊びに来たよ!』ってとこ、あんじゃん。そこはもう少し言い方を変えて、『やって来たよ!』ってした方がいいと思う。あと一二行目の……」

 水谷のアドバイスを受けて、記事を修正していく桜子。

 晴明が手伝えることは何もなく、ただ見ているしかなかった。椅子ごと移動してきた泊に、なぜ来たのかといったようなことも聞かれたけれど、どんな記事になっているか知りたかったからと答えたら、納得してくれた。

 パソコン室には他にも数人がいて、皆リラックスして作業に臨んでいる。

 桜子が記事の修正を終えて、有賀のもとにメールを送る。時計はすでに一二時四〇分を過ぎていた。

 午後の授業まで時間がないというのに、誰も席を立とうとしない。一〇分という時間は、昼食を食べるには短すぎる。

「水谷先輩、今日はありがとうございました。本当に助かりました」

「いいよ、そんなにかしこまらなくって。また困ったらいつでも呼んでもらっていいから」

 新聞部での執筆もあるだろうに、こともなげに言うから、晴明は水谷の器量の大きさを垣間見る。顔はまだ幼いところもあるが、さすがは先輩だ。

「はい、また声かけさせてもらいます。それはそうと、水谷先輩って五月に、成先輩や渡先輩と一緒に図書館に来てましたよね。仲良いんですか?」

「まあ、二月に取材をさせてもらってな。そこから少し話すようになった」

「ほら、掲示板に記事貼ってあるじゃん。あれ、水谷が書いたんだよ」

 泊の言葉に、晴明と桜子は目を丸くする。当事者でもないのに、桜子が礼を言っていたが、晴明も同感だった。今は別の校内新聞が貼られているとはいえ、アクター部のイメージアップに一役買ったのは間違いない。

 だが、水谷は「大したことないって」と手を振っている。

 褒められることに慣れていないのか、笑顔は少しぎこちない。

「この二人が今年入った新入部員ですか。良かったじゃないですか、廃部にならなくて」

「うん、二人ともけっこうがんばってくれてるよ。まあ上手くいかないこともあるけど、まだ入ったばかりだから。いずれ慣れてくれると思う」

 目配せしてくる泊に、晴明は縮こまってしまう。謹慎は続いていて、ライリスにはまだ入られていない。

「そういえばなんですけど、泊先輩と佐貫先輩って同じ3ーAですよね」

「うん、それがどうかしたの」

「なんかこの前、部の先輩に用があって三年の教室に行ったんですけど、なんかめっちゃ大きい男子が3ーAの教室の前で、モジモジしてたからどうしたのかなって。なんか心当たりあります?」

 聞いた瞬間、泊が困惑した表情を見せる。どうすれば穏便に場を収められるか、考えているようだ。

 それを見て、晴明の抱いていた疑念は確信に変わる。あのとき、部室の前にいた男子学生と同一人物だ。

 泊は時計を見上げる。もうすぐ一二時四五分になる。

「さあ? 3ーAの担任の初芝先生がバレー部の顧問だから、その関係じゃない?」

 晴明は他の部活に詳しくないので、初芝先生が本当にバレー部の顧問なのかは分からない。ただ、泊が話をはぐらかしたことは、はっきりと分かった。

 あの男子学生には何かがあるのだろう。泊や成が触れられたくない何かが。

 泊が笑って時間を稼いで、四限目の予鈴が鳴る。「ほら、早く教室戻らないと遅れちゃうよ」と自分から退出しようとする泊は、晴明から見れば十分に怪しい。きっと桜子の目にも不審に映っていることだろう。

 だが、授業に遅れたくはないので、晴明は素直にパソコン室から出た。東廊下はもう人っ子一人いない。

 階段で散り散りになるまで、泊は何も話そうとはしなかった。その態度が晴明の確信を、また深めていくのだった。





 七月もあっという間に上旬が終わった。夏休みの前に学生たちに立ちはだかるのは、一学期の期末テストである。七月の第三週に行われ、例によって、一週間前は部活が休みになる。

 フカスタで行われるハニファンド千葉対徳島ウィルプールの試合は、ちょうどテスト前最後のホームゲームだ。

 晴明たちは、いつも通り蘇我駅で待ち合わせをする。

 メンバーは晴明、成、桜子、そして植田。さらに、この日はそこに渡が加わった。泊によると、新マスコットの着ぐるみはもう出来上がる寸前らしく、名前も最終候補の三つに絞られているらしい。

 なので、新マスコットに入るかどうか決めかねている渡が、見学にやってくるのだ。

 晴明と桜子が駅に到着したとき、改札の向こうで待っているのは植田だけだった。今度は赤いジャージを着ている。二人は挨拶をし、桜子がさっそく話しかける。

「あれ? まだ成先輩来てないんですか?」

「ああ、今日は渡と一緒に来るみたいだ。心配だからついていくって言ってたな」

 別に千葉駅から蘇我駅までは、外房線でも内房線でも行ける。迷いようがない。にも拘わらず、ついていくとは。成は渡のことを年下のように気にかけている。

「それより、似鳥。良かったな。許可が下りて」

 植田は晴明に心配いらないと言うように、はにかんでいる。改札からは人が出てくる気配はない。だから、笑顔を見せるには何の支障もないはずだった。

 だけれど、先日の記憶がよみがえってきて、晴明はただ「はい」と、呟くことしかできない。

「緊張してるか?」

「ま、まあ……」

「そうだよな。でも、もし何かあったら遠慮なく俺を頼ってくれていいから。この前みたいに無視はしないから、安心してくれ」

「大丈夫だって。この一ヶ月がんばってきたじゃん。ハルならなんとかできるよ」

 確かに、この一ヶ月は成や佐貫に何度もアドバイスを求めたし、練習としてトータルくんに入る回数も増やした。自信はあったが、いざその日を迎えると、どうしても不安になってしまう。

 だが、味方が少なくとも二人いる。晴明の心理的負担はわずかに軽くなった。

 三人が少し話していると、成と渡が一緒になって現れた。ずんずんと進む成に、渡が不安げについていく形だ。赤色が目立つ構内に目移りしている。はじめて訪れる場所に戸惑っている様子だ。

「どう、似鳥? 今日は久しぶりの復帰だけど、よく眠れた?」

「八時間寝れたので、大丈夫だと思います」

「そう。念のため確認だけど、今日は終わるのは夜になるけれど、二人ともお父さんお母さんの承諾は、得てるんだよね?」

 この日の試合は暑さのピークを避けるために、一八時キックオフとなっていた。全てが終わって家に帰るころには二一時を過ぎているだろう。

 両親に練習室が空いている時間が夜しかなかったことを伝えたときには、いたく心配されたが、晴明は何とか押し切った。

「大丈夫です。納得してもらえました」

 桜子の言葉に晴明も頷く。

「よし、じゃあみんな揃ったことだし、まだちょっと早いけど、スタジアムに向かうか」

 まだスタジアムに行ったことがないであろう植田が、元気よく言う。全員が「はい!」と返事をしたが、渡の声だけが小さかった。

 別に平常運転ならいいのだが、晴明は渡がはじめてのスタジアムに、怖じ気づいているようにも見えてしまう。フォローは成に任せておけばいいだろうが、自分にも何かできることはないだろうか。

 植田が暑さの止まない外へと歩き出していく。一歩外に出ると、鮮やかで激しい太陽が晴明の肌を焼きはじめる。

 トータルくんに入り、暑さに体を慣らしているとはいえ、乗り切ることができるのだろうか。

 スタジアムが近づいてくるたびに、晴明の胸から不安がせり上がってきていた。



続く


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