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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(186)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(185)





〝三人ともお疲れ。こっちも今日の活動終わったよ〟

 そのメッセージの後に、成は一枚の写真を送ってきた。千葉県文化会館のステージの上にはオーケストラがそれぞれの楽器を持って並び、その両脇には成と渡が入っているであろうチューマくんとラトカちゃんがいる。

 全員が千葉市民で構成されるアマチュアオーケストラ。その定期演奏会に、チューマくんとラトカちゃんはゲストで呼ばれていた。確か開演は二時からだったから、そろそろ終わる頃合いだろう。

 画面の中の楽団員たちは誇らしげな顔をしていて、そこにチューマくんとラトカちゃんが得意げに見える顔で混ざっているのが、晴明にはどこかおかしく感じられる。

 ステージを見ても表立って動揺しないくらいには、時間は晴明の心を癒やしてくれていた。

〝成先輩も渡先輩もお疲れ様です。いい写真ですね。お客さんどれくらい入りました?〟

 桜子が素早く返事をしたのが、横を向かなくても晴明には分かった。電車はまだ、千葉駅の前の本千葉駅にも着いていない。

〝ぱっと見た感じでは、ホールの三分の二くらいは入ってたかな。楽団員の人の知り合いも多かったみたいだから、和やかな雰囲気だったよ。三人の方はどうだったの? 動画、うまく撮影できた?”

〝ああ、ばっちりだよ。似鳥も二回目だし、大分慣れてきてくれてさ。予定時間よりも早く終わった。手ごたえあるよ〟

〝えー、どんな動画なんだろ。楽しみ〟

〝ああ、編集が済んだのから投稿してくから、期待しててくれよ〟

 芽吹がハードルを上げるようなことを言うから、晴明はむずかゆくなってしまう。投稿された動画だって、カメラを通して見たライリスの姿にどことなく気が引けて、まだ一回ずつしか見られていない。

 芽吹によれば再生回数は上々のようでそれ自体は嬉しいのだが、スマートフォンの中に映るライリス、そしてその中に入っている自分と、今ここで座っている自分とを晴明はうまく切り離せないでいた。

〝でさ、話は変わるんだけど〟

 凪いでいるトーク画面に、渡が短いメッセージを放り込む。それだけの文面では真意は読み取れず、万が一に備えて晴明は少し構えてしまう。

〝来週はさ、佐貫先輩と泊先輩の大事な日なわけじゃんか〟

 以前から出ていた話に、晴明は安心するやら息を呑むやら一瞬でいくつもの感情を味わう。

 佐貫が目指している千葉弥生大学の一般入試は二月の六日に、泊が願書を提出した東京の映画専門学校の面接は七日に控えている。二人の運命が決まる日が近づいてきていることは、晴明もここのところ毎日意識はしていた。

 大丈夫だろうか。うまくいくだろうか。そう考えるたびに、晴明は自分のことのような緊張を味わっていた。

〝俺たちでなんかできねぇかな〟

 渡がこれを言い出したのも今日が初めてではない。先週も部室で同じような話になって、そのときは各々が二人にラインを送ればいいのではという結論に達していた。

 だけれど、渡はまだ納得がいっていなかったらしい。ひどくアバウトな提案は、晴明の頭にも考える余地を作る。

〝なんかって例えば?〟

〝それはほら、五人分のメッセージを書いたカードを渡すとか、応援の動画を撮影するとかだよ。第一、俺たち全員からラインが送られてきたら、先輩たちも返事をするのに手間がかかるじゃん。大事な受験前にそんな負担かけさせるわけにはいかねぇだろ?〟

 その通りだと、晴明は思った。確かに一人が代表して全員分の思いを伝える方が、二人の時間を取らなくて済む。直接メッセージを伝えられないからといって、二人のことを想っていないことにはならないはずだ。

 芽吹が〝それもそうだな〟と返信している。晴明も何をしたら二人が喜んでくれるのか、疲れていながらも考えてみる。

 すると、ラインをしている間に、電車はいつの間にか本千葉駅を通過していたようで、車内にはまもなく千葉駅に到着するというアナウンスが流れた。別にまだ一週間あるし、今すぐに結論を出さなくてもいいだろう。

 スマートフォンをしまって、晴明たちは電車を降りる。何か考えようにも、帰ったらすぐ寝てしまいそうだなと、桜子と帰り道を歩きながら晴明はぼんやりと感じていた。

 スマートフォンが振動したのは、晴明が授業で出た課題に一息ついて、ベッドに横になったときだった。何事かと思い、充電中のスマートフォンを手に取る。

 ホーム画面の通知は、意外な人物からのラインが到着したことを知らせていた。

〝似鳥、動画ありがとな〟

 ラインの送り主は、佐貫だった。晴明の指は跳ねるようにラインのトーク画面を開く。

 晴明たちは昨日、佐貫と泊を応援する動画をそれぞれ渡を通じて送っていた。部室で撮影した三分ほどの動画は、五人がそれぞれ「がんばってください」とか「先輩たちなら大丈夫って信じてます」といったシンプルなメッセージを伝える簡単なものだったが、それでも佐貫の心には響いたらしい。短い文面が晴明の胸を打つ。

 どう返信しようか考えながら、そういえば佐貫と個人ラインでやりとりするのは初めてだなと、晴明は気づいた。

〝いえ、こちらこそわざわざ連絡ありがとうございます。佐貫先輩に喜んでもらえて、僕も感無量です〟

〝ああ。まさかこんなことしてくれるとは思わなかったから、とても感動したよ。おかげでラストスパートがんばれそうだ〟

 文面から佐貫が柔らかい表情をしているであろうことが、晴明には分かった。きっと佐貫も猛勉強のなかで、束の間の息抜きをしているのだろう。

 貴重な時間の中で、わざわざ自分に連絡をしてくれたことが、晴明には嬉しかった。いずれは勉強に戻るとしても、もう少しだけ話していたかった。

〝そうそう。見てるよ。ライリスのツイッターとかTikTok。似鳥、前にも増してがんばってんじゃんか”

〝ありがとうございます〟と即座に返信はしたものの、あの動画たちを佐貫に見られていると思うと、晴明はどこかこそばゆくなる。そんな必要はないのに、少し恥ずかしいとさえ思ってしまう。

 自分を知らないファンやサポーターに見てもらうのは、まったく平気なのだが。

〝俺、ちゃんと毎日ライリスに投票してるから。この間訊いたら泊も投票してるって言ってたし。中間二十三位だったんだろ? 最終のときにはもっといい順位になってるといいよな〟

〝ありがとうございます。僕もここまで来たからには一つでも上の順位で終えたいです〟

 そう返信しながら、晴明の頭には小さな懸念が芽生えていた。

 佐貫と泊は今どういう関係なのだろう。連絡は取りあっているようだが、まだ会ったりしているのだろうか。

 だけれど、わざわざ訊くのはどうしても晴明には憚られた。当人同士でしか分からないことは確実にある。二人の関係に、自分が気安く足を踏み入れるべきではないだろう。

 だから、佐貫のラインが止まったところで、晴明は話題を逸らす。

〝あの、佐貫先輩って一三日のちばしんカップや一四日のデラックスに来てくれますか?〟

〝一三日は友達と予定があるから、たぶん行けないと思う。でも、一四日は行くぜ。もうチケットも買ってあるしな。全国からスタグルやマスコットが集結してくるんだろ? 楽しみだよな〟

 佐貫としては、受験が終わったご褒美のようなものなのだろう。文面から、弾んでいる声が晴明には聞こえてくるようだった。

 アサヒデラックスカップは、年に一度のお祭りのようなものだ。きっと大勢のファンやサポーターが開催を心待ちにしているだろう。

 そう思うと、晴明はよりいっそう責任感を覚える。培ってきたものを全て出すつもりで臨まなければならないと感じる。

〝そうですね。僕も楽しみです。じゃあ、佐貫先輩。その日を何の憂いもなく迎えられるように、勉強またがんばってください〟

〝ああ、がんばるよ。いい報告ができるようにな〟

〝似鳥もアクター部、がんばれよ〟そう逆に晴明を励まして、佐貫のラインは止まった。〝はい!〟と返事をして、デフォルトで搭載されていたスタンプを送ってみても、既読がつくだけで返信はない。もう勉強に戻ったのだろう。

 晴明はかつて訪れたことがある部屋で、佐貫が参考書を開いている様子を想像する。努力家の佐貫のことだ。絶対うまくいくに決まっている。そして、泊も。

 晴明は、ベッドから体を起こした。再び机に座って、途中だった課題に取り組む。励まされたおかげか、頭は自分のものとは思えないくらいすらすらと回っていた。

 二月六日。土曜日の朝を、晴明は清々しい気持ちで迎えていた。窓から差し込む朝日も、いつになく輝いて見える。

 準備をして桜子と落ち合い、千葉駅の北口に向かうと、そこにはすでに部員たちが待っていた。先輩三人、顧問二人、そして晴明たちと学外活動では久しぶりのフルメンバーだ。平日は毎日顔を合わせているものの、休日に全員が揃うのは、ハニファンド千葉の新体制発表会以来だ。

 自分一人でももう十分役割を果たせると思っていても、成や渡の顔を見ると、晴明はやはり安心する。少し話しただけで、心が安らいでいくのを感じる。

 空も時折寒い風を吹かせてはいるが、気持ちのいいほどの快晴で、来客も増えそうだった。

 七人で一列になって坂を上る。出番が待ちきれないというように会話も弾む。

 この日、アクター部は千葉市中央図書館での出番を依頼されていた。二月開館のこの図書館は毎年、この時期になると周年イベントが開催される。本のバザーや絵本の読み聞かせ、ブックカバー制作や館内全体を巡るオリエンテーリングなど、二日間に渡って様々なイベントが目白押しだ。

 そして、一日目にはライリスがゲストで招かれていた。聞いたところによると、ハニファンド千葉の側から声をかけたらしい。

 一方で、成と渡は二日間、千葉市の図書館全体のマスコットキャラクター、ぶくねこに入る。詳しくは聞かされていないが、去年も二人はぶくねこを着たらしい。

 晴明はライリスの状態で千葉市中央図書館を訪れたことがなかったから、経験のある二人の存在は心強く思える。一〇時から一六時までの比較的長丁場でも、乗りきれる気がした。

 図書館に辿り着いて通用口から館内に入った時、晴明は新鮮な空気を感じた。暖房が効き始めたばかりの廊下はまだ少し寒くて、意識せずとも身が引き締まる。ここには勉強で何度か来たことはあるが、アクター部の活動で来ていると思うと、他のどことも違う独特な緊張を感じる。

 会議室を片付けた控え室に通され、職員から説明を受けると、すぐに晴明たちは出番がやってくる。まずは晴明がライリスに、渡がぶくねこに入った。

 ぶくねこは二頭身のキャラクターで、着ている黄色い服がよく見たら積み重なった本の模様になっている。丸みを帯びた柔らかなフォルムは彼女が女の子であることを示していて、縦長の目に散りばめられたハイライトが可憐だ。

 晴明たちは筒井と職員のアテンドを受けて、一階ロビーに向かう。既に開館していて近づくたびに静かな活気が、着ぐるみを通して晴明にも伝わってきていた。

 晴明と渡がロビーに姿を現すと、さっそく磁石に吸い寄せられたかのように、何人かの人が集まってきた。親子連れに友人同士、一人で来ている人もいる。

 晴明はその中に莉菜と由香里がいることにすぐに気がつく。この季節だからユニフォーム姿とはいかないものの、マフラーやシュシュにハニファンド千葉のチームカラーである赤色が覗き、晴明の胸を喜びで覆う。

 今日、SNSでは一〇時から一六時までと、おおまかにしかライリスの出番を伝えていない。それでも一人や二人ではない数の人間が来てくれていて、晴明は既に高揚感に包まれていた。一人一人といくらでも触れ合っていたい。

 とはいえ、ロビーは一般の利用客も通るので、大々的なグリーティングを行うわけにはいかない。

 晴明たちは入り口の横の比較的邪魔にならないスペースに移動して、簡単なグリーティングを始めた。

 もちろん図書館では、手放しで喜ぶことはしにくい。自然とグリーティングも、いつもよりもシンプルなものになる。握手をし、ぶくねこも含めて一緒に写真を撮れば、あっという間に一人分の時間は終わってしまう。

 それでも、晴明は触れ合えた、交流できたという事実だけで十分だと感じていた。シーズンオフでも毎週のように表に出させてもらえることは、決して当たり前のことではない。クラブによっては、チームと同様休んでしまうマスコットもいる。

 それにキャラクターと触れ合うときに人々が見せる柔らかな表情は、晴明にはすっかり必要なものとなっていた。まだ一年も経っていないのに、既に人前に立つ自分が想像しにくいくらいだ。

 隣ではぶくねこに入った渡が、小さい手足を健気に動かしている。莉菜や由香里も目を輝かせている。

 図書館の一角には隅々まで行き渡った暖房以上のアットホームな空気が生まれていて、晴明の心を薪ストーブに当たっているかのよう暖めていた。

 時間は短かったけれど内容は濃いグリーティングを終えると、晴明と渡は入り口の両脇に立って来場者を迎える役目に移る。

 桜子と職員が表はイベント案内、裏はオリエンテーリングの参加用紙となっているプリントを配っている横で、手を振ったり身体を傾けたりすることで、歓迎を表明する。

 記念すべき周年の日だからか、来場者は切れ間なくやってきた。客層は老若男女といった言葉がふさわしく、多くの人がプリントを受け取り、ライリスやぶくねこにも暖かな視線を向けていた。

 スマートフォンを向けられるたびに、晴明と渡は思い思いのポーズを取って応える。館内は春の屋外みたいに風通しがよく、その雰囲気づくりに自分も貢献できているなら、晴明には本望だった。

 およそ三〇分間隔で登場と休憩を繰り返していると、時間はあっという間に流れる。図書館にも多くの人が訪れ、話し声は少なくても館内は活気を帯びていく。

 ライリスやぶくねこに触れ合ってくれる人も、晴明が予想していたよりも多かった。自分を見る目にも励ましや応援の意味合いが強いように感じられる。

 それは今日がマスコット総選挙の投票最終日だということも、無関係ではないのだろう。各マスコットは最後のアピールに余念がない。ライリスだってSNSを二時間に一回の頻度で更新している。

 でも、どれだけネット上でPR活動を行ったところで、直に触れ合うことには及ばない。

 だから、晴明は毎回毎回の出番で丹精こめてライリスを演じた。自分に興味を持ってくれた来館者に、精いっぱいの愛嬌を振りまく。

 もちろん今日一日で、劇的に順位が変動することは考えにくい。

 でも、すべてはハニファンド千葉を知ってもらうため、スタジアムに人を呼ぶためだ。マスコット総選挙はそのうちの一つの手段に過ぎない。

 晴明はそう肝に銘じながら、また新たな気持ちで来館者を迎える。気づけばオリエンテーリングの参加用紙は、あと一束まで減ってきていた。


(続く)


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