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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(32)



前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(31)




 その後も瞬く間に時間は過ぎ、六人がプーさんのハニーハントを出たときには、既に時刻は一三時を回っていた。パレードの開始時間が過ぎ、喧騒に混じって英詞の歌が晴明の耳に入る。

 だが、渡は慌てることはない。渡は何度も来ているからいいだろうけれど、晴明にとってははじめて見るパレードなのだ。冒頭を見逃したらどうする。

 そう考えている自分に、晴明ははっとした。来る前は斜に構えていたのに、知らず知らずのうちに夢中になっている。

「渡先輩、もうパレード始まってますよね? 大丈夫なんですか?」

 さすがに心配に思ったのか、桜子が渡に尋ねる。桜子の手には、デジタルカメラが握られていた。渡はにこやかに笑って答える。普段とは、まるで別人みたいに。

「大丈夫だって。トゥーンタウンで見る予定なんだけど、来るまでに大分時間がかかるから、今から行っても全然間に合うよ。それに、スタート地点よりも、こっちの方が空いてるんだよな」

 歩きながらなされる渡の説明に、桜子は口を開けて頷いていた。音楽が近づいてくるのが分かる。

 六人がトゥーンタウンエリアに辿り着くと、既に歩道には何人もの人がレジャーシートを敷いて、座りながらパレードの到着を待っていた。

 少し余裕があるところを見つけた渡は、リュックから二枚のレジャーシートを取り出す。用意のよさに晴明はこれが年間パスポート所有者かと思い知った。

 六人は三列目に座った。腰を下ろすと前の人の頭で、少し視界が遮られる。

 しかし、渡によるとミッキーマウスやミニーマウスといった人気キャラクターは、フロートと呼ばれる山車に乗ってくるので問題ないらしい。

 人々は落ち着かない様子で、パレードの到着を待ちわびている。晴明の心もまた弾み始める。

 間もなく音楽とともに、大きなフロートがやってきた。星空と虹を掛け合わせたフラッグを振るダンサーを先頭に、フロートはどんどんと近づいてくる。

 正面にはレモン色のペガサス。突き出した船には、ミッキーマウスと飼い犬のプルートが乗っていた。青い衣装に身を包んで、時折舵を取るミッキーマウスは、まさに船長といった趣だ。

 女子三人が手を振ると、二人とも振り返してきて、三人は子供らしく喜ぶ。多様な装飾に彩られたフロートの豪華さは、晴明が持つどの言葉でも形容できないものだった。

 渡によると、このパレードはキャラクターの夢の世界を表しているらしい。イメージは一九四〇年の映画『ファンタジア』。

 晴明が見ていたのはまさしく、日常から大きく逸脱したファンタジックな光景だった。フロートの周囲を彩るダンサーやキャラクター。全てが見えたわけではないが、晴明にはその全員が、パレードを構成する欠かせないピースのように思えた。誰一人欠けることなく正しい回転を続けている。

 最初のフロートが過ぎても、矢継ぎ早にフロートは到着する。トランプを全体にあしらったもの、華美なシャンデリアに四人のプリンセスを乗せたもの、ケーキ型のものも、あれば三日月型のものもある。赤いロボットはここ最近登場したキャラクターだと渡が語る。

 パレードは時間をかけて通過していく。晴明が最後かと思っても、ダンサーもフロントも次々にあふれ出る。

 女子三人は視察も忘れて、写真を撮って楽しんでいるが、これでは無理もないだろう。過剰なほどに押し寄せてくるエンターテインメントの波。さらに、また違うパレードが夜にも控えている。

 はじめて味わう衝撃に晴明は、目眩がするほど満たされていた。渡はこれを何回も見ているのか。

 晴明は横を向く。渡は口を開けて満足げな表情をしていて、飽きる様子は見られなかった。

 およそ二〇分にわたるパレードも、終了の時を迎えた。最後のフロートがゲートをくぐり、扉が閉まると少しずつ人が引いていく。何人もの人が一度に動き出すから、なかなか移動がしづらい。

 渡は男子三人が座っていたレジャーシートを畳む。手伝おうかという申し出を遠慮がちに断られ、ミッキーマウスの顔が折り畳まれていくのを、晴明はただ見ているしかなかった。

「似鳥、どうだった? はじめて見るパレードは?」

 レジャーシートを畳み終わると、すぐに渡が話しかけてくる。その積極性は、性格が変化する魔法をかけられているようだ。

 うまく言葉にできるとも思えなかったが、晴明は今しがた受けた衝撃を、率直に渡に伝えてみる。

「凄かったです! 言葉を失うほど豪華で! キャラクターもフロートも見どころ一杯で、凄くお金かかってるなって思いました!」

「最初の感想がそれなんだ」

 晴明の現実的な発言にも、渡は微笑んで返す。スマートフォンを覗いていた佐貫も、会話に入ってきた。

「で、ミッキーやプルートといったキャラクターを見て、似鳥はどう思ったんだ? 何か参考になる点はあったか?」

 そう問われて、はじめて晴明は気づく。記憶が全て興奮に塗りつぶされていた。参考にしようなんて発想は、最初の段階で吹き飛んでいた。動画すら撮っていない。

 二人に見られ、晴明にはごまかすこともできない。

「すいません。正直よく覚えてなくて……」

「まったく。ちゃんと次のエレクトリカル・パレードのときは見るようにしろよ」

 佐貫が釘を刺す。晴明は返事をしたものの、エレクトリカル・パレードを見た自分が、落ち着いていられる自信は全くなかった。このパレードにライトアップの要素まで加わるのだ。想像するだけで心が躍るようだ。

 話す三人に女子が合流する。成から畳まれたレジャーシートを受け取り、リュックに詰めてから渡は言った。

「じゃあ、パレードも終わったことですし、この辺でそろそろお昼にしましょう。トゥーンタウンのグッドタイム・カフェでいいですか?」

 反対する者はいない。渡に任せておけば万事オーケー。五人にはそんな共通認識が生まれていた。

 混雑もかなり解消されてきた。六人は渡を先頭に、反対側の大きなカフェを目指す。晴明の心からは、億劫な感情はとっくに消えていた。





 東京行きの京葉線には、二一時になっても大勢の人が乗車していく。賑やかに今日の思い出を語る人々。ディズニーランドは来場者に元気を分け与えたようだ。ホームから出発していく電車を見送りながら、晴明はそう感じた。

 反対に千葉方面への京葉線は空いていて、六人は難なく腰を下ろすことができた。目の前に座る女子三人は飽きることなく話を続けている。疲れなど感じていないかのように。

 対照的に男子三人は、自分のスマートフォンを眺めていた。渡は電車に乗ると、スイッチを切ったかのように、話しかけてこなくなった。晴明はそのことを腹立たしくは感じない。疲れ切った身には、善意ある無視はありがたかった。

 西船橋駅で乗り換えて、千葉駅を目指す。総武線に乗るとディズニーランドの空気は、一気に薄まった。

 女子三人は疲れ果てたのか、寄り添うように眠ってしまっている。見ていると、晴明もまどろんでしまうようだ。帰宅は二二時を過ぎるだろう。両親に何と言おうか。勉強していたと説明して、二人は納得してくれるだろうか。

 そんなことを考えているうちに、電車は駅を次々と通過していく。気がつけば終点の千葉駅まで、あと二駅だ。

 今日が終わることが、晴明には名残惜しかった。佐貫はイヤフォンを耳につけ、目をつぶっているので、話しかけづらい。スマートフォンも見ずに、ぼんやりと外を眺めている渡しか、晴明が話しかけられる相手はいなかった。

「渡先輩、今日は連れてきてくれてありがとうございました。はじめてのディズニーランド、すごく楽しかったです」

 紛れもない本心を伝えた。帰って冬樹に問い詰められても、損なわれない良い思いができた。予約から当日の案内まで、何から何までしてくれた渡には頭が上がらない。

 渡は大きく息を吐いた。

「良かったあ。実はちょっと不安だったんだ。似鳥がつまんなかったって言ったらどうしようって。でも、楽しんでくれたようで何よりだよ」

 向けられた顔は暖かく、この先輩もようやく自分に心を許してきたのだなと晴明は感じる。「どこが楽しかった?」と聞いてくるから、晴明はアトラクションやパレードの感想を話した。四人を起こしてしまわないように気を使いながらも、声は弾んでいた。

 電車は西千葉駅を通過した。あと二分ほどで千葉駅に到着する。

「似鳥はさ、またディズニーに行きたい?」

 晴明は大きく頷く。

「だとしたら、次は来年だね。アクター部って一年に一回、ディズニーに行くのが、恒例になってるとこあるから」

 確かに、あれほど上質なエンターテインメントを味わってしまったら、また行きたくなる。一年という時間も待つことで膨らむ楽しさがあると、晴明は前向きにとらえた。

 この先輩はその間にも、家族と一緒にディズニーランドに行くのだろうけれど。

「毎年ってことは、去年も行ってたんですよね? 去年ってどんな感じでした?」

 晴明にとっては、単なる好奇心だった。だが、聞いた瞬間、穏やかだった渡の表情に厚い雲が立ち込める。渡が口を結ぶので、両者の間で言葉は失われる。

 すぐに鳴ったアナウンスに、弾かれたように渡は立ち上がり、目の前の女子三人を起こしに行った。

 だけれど、三人ともすっきりと起きてはくれない。成の肩を揺さぶる渡が、晴明にはなぜか縋っているように見えた。





 日曜日が休みだったため、アクター部は明けた月曜日が活動日になった。下校する人の流れに逆らって、部室棟に向かっていく自分が、道化のように晴明には思えた。

 部室棟は成と泊の話し声以外は、何の音もしない。日は出ているのに、暗い夜道を歩いているようだ。

 運動部の部室棟を通り過ぎ、晴明は足を止めた。知らない人間が、アクター部の部室の前に立っていたからだ。制服は特注ではないかと思うほどサイズが大きい。少なくとも身長が一八〇センチメートルはあるように見える。

 桜子よりも背の高い人間にあまり会ったことのない晴明にとって、もはや未知の存在だ。俯きがかった横顔も、自分よりも一〇歳は大人びて見える。

 だが、制服のポケットに手を入れていて、自分からドアを開けようとはしていない。ドアには窓がないため、何かアクションを起こさないと、中から開けてはもらえない。

 漏れてくる成と泊の話し声に、男子学生は唇を噛んでいる。カバンは反対側の肩にかけられているため、何年生かは分からない。だが、雰囲気から晴明は三年生だと察した。

 晴明は部室へ歩を進めていく。側に立ってみると、外国人にも似た濃い顔つきが印象的に見える。

 割り込んでドアを開けるのもはばかられたので、晴明はおそるおそる声をかけた。

「あの、ウチの部活に何か用でしょうか……?」

 男子学生は、晴明の存在にすら気がついていなかったのか、驚いた顔をして一歩後ずさりをした。距離を取られても、晴明が感じる威圧感は変わらない。

 男子学生は、消え入りそうな声で答えた。

「その、用があるというかなんというか……。いや、用はあるけど、別に今じゃなくてもいいというか……」

 大きな体に似合わない、自信に欠けた口調だった。ドアの向こうの成と泊の声よりも小さい。二人に聞かれないよう、わざとボリュームを落としているみたいだ。

「鍵、空いてますよ」

 晴明がドアノブを手で指しながら言っても、相手は首を横に振るばかりだ。用があるから、来ているのではないのか。彫りの深い目が左右に泳いでいる。

 桜子はまだ来ていない。晴明一人では本当にどうしようもなく、かける言葉に迷って、ドアノブに右手を伸ばす。

 すると、男子学生が急に距離を詰めてきて、晴明の手首を掴んだ。想像以上の握力に、晴明は思わずたじろぐ。二歳しか違わないのに、大人と子供のようだ。

「す、すいません。本当に、ごめんなさい」

 そう言うと、男子学生は晴明の手首を離し、校舎の方へと駆け出していった。歩幅が大きいので、あっという間に見えなくなってしまう。

 晴明は手首を見つめた。寒さでかじかむような赤色がまだ残っていた。

 少し赤みが引くのを待ってから、晴明はドアを開けた。相変わらず運動着の成と、ワイシャツ姿の泊が楽しそうに話している。

「でさー、成、ビッグサンダーマウンテンでめっちゃビビってたじゃん。後ろから見ててすごいおかしかったもん」

「だって、あんなスピードで落ちたら怖いに決まってるじゃないですか。きしむ音をたてながら走るの本当に悪趣味ですよ」

「それはさ、エンタメ精神っていうんじゃない? キャーキャー言う成は、向こうからしてみれば、最高のお客さんだったんじゃないかな」

「もしかして、とま先輩、乗るときに佐貫先輩と一番前に乗ったほうがいいって言ったの、私の絶叫を見るためだったんですか?」

「まあなくはなかったね」

 笑う泊を、成が小突いている。だが、心の底から嫌がっているわけではなさそうだ。

 会話に混ざるタイミングが晴明には掴めなくて、ただ立ち尽くす。他の三人が来る気配はまだない。

「ねぇ、似鳥。とま先輩、酷くない? 私がワーキャー言うの見て、楽しんでたんだよ?」

 成が話しかけてきて、晴明は泊の顔色を窺った。見上げる目は、分かってるね? と語りかけてくるようだ。成も上機嫌でにやついていて、冗談を言っても許されるなと晴明は感じてしまう。

「でも、僕も南風原先輩のリアクション、面白かったですけど。絶叫マシンって、みんなが仏頂面して乗ってたら、つまんないじゃないですか」

「うわー、サドだー! ここにもサドがいるー!」

 成は茶化していたが、それでも晴明に指を差してはいない。笑い合っていると、入部して良かったなと晴明は感じる。

 しかし、同時に迷いも出てくる。ドアの前にいた男子学生のことを、二人に報告すべきだろうか。

 爽快な笑みを浮かべている成と泊。晴明は伝えるという答えを出した。

「あの、そういえば、さっきここに来るときに、ドアの前に男子学生が一人立ってたんですけど」

「えっ、それってどんな人?」

「なんかすごい背が高かったです。一八〇センチはあるような」

 口にした瞬間、二人の笑顔が止まった。成が真剣な目線を向けている。立ち上がり、グッと晴明に顔を近づけて、唾が飛ぶほどの勢いで聞いてくる。

「その人って、まだ外にいる!?」

「いや、もう帰っちゃいました」

 晴明が口にするやいなや、成は椅子から弾かれたように、飛び出した。ドアを力強く開けて、外へと駆け出していく。

 開いたままのドアから、晴明は泊に視線を向ける。頬に少し皴ができていた。

「泊先輩、南風原先輩どうしたんですか?」

 泊はすぐに返事はしない。少し間を置いてから「別にすぐ帰ってくると思うし、気にしなくていいよ」と答える。

 部室に神妙な空気が流れ始め、何となく座ることもできずに、晴明は立ちつくした。



続く


次回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(33)

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