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これ
2019年6月24日 17:55
陽春の終わりを告げる微風が吹いている。暖かな情動が頬に触れ、世界が一瞬で切り替わる心地がした。灰色のアスファルトも、黄緑がくすんだ雑草も、底の見通せない濁った川も、視界を構成する全ての事象が愛おしい。 心の奥から爪の先まで、想像もできないような至福を浴びせられ、自立することができなくなる。盛夏の惜しみない太陽光に、溶かされていくアイスクリームみたいだ。加速度的に崩れ、原型を留めなくなっ
2019年6月25日 17:45
柘榴と二本の電波塔(1) もうすぐ到着することを知らせるように、汽笛が二回鳴る。船内から甲板に出ると、水面に日光が反射して、波がパステルカラーにはためいていた。 出発してから飛行機で二時間、空港からバスで四十分、港から島へは三時間かかったので、合計で六時間ほどかけての長旅だ。空港から直行便も出ていたけど、「ドラマがない」という木立さんの発言で、却下となった。フェリーの半分の時間で行くことがで
2019年6月26日 09:04
柘榴と二本の電波塔(2)「ほら、もっと愛想よく」 その日、木立さんは朝から張り切っていた。寝癖もしっかりと直し、眼鏡の奥の目は鋭く、口調も強い。俺が立っているだけで、ああしろこうしろとやかましくて、少しストレスが溜まる。しかし、“三澤諒”に成りきるためには、必要な役作りなので、しょうがない。「お辞儀は三〇度、その時に腰は真っすぐ、一本の棒が通っているみたいに。目線は決して下げない。礼儀
2019年6月27日 17:35
柘榴と二本の電波塔(3) 開け放った窓から吹く風で、シーツが揺れている。テレビの音が空しく響き、こうしなさいと、私に告げているみたいだ。外では蝉がうるさく鳴いて、向日葵が咲き誇っているのだろう。私がそれをもう一度経験することは、おそらくない。この夏が私にとっての最後の夏だ。そう思うと自分で自分が、いたたまれなくなる。 せめて、一瞬でも長く太陽の光を浴びていたい。ゆっくりと起き上がり、点滴を