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2024年2月読書記録 川端、太宰、アメリカ

オルハン・パムク『雪』(宮下遼訳・ハヤカワepi文庫)

 パムクはトルコの作家でノーベル文学賞受賞者です。
 ノーベル文学賞をとった作家には去年のヨン・フォッセのように難解な作風の人もいますが、カズオ・イシグロのように読みやすい作家も少なくないです。パムクは、読みやすいタイプの作家だと思います。ミステリー的な要素や恋愛要素もある話なんですね。途中ちょっと中だるみがありますが、導入部とラスト三分の一ほどは続きが気になって一気読みしました(文学作品なので、すべての謎が解き明かされるわけではないですが)。
 作中人物は信仰心に濃淡はあってもイスラム教徒が多いので、神の存在の有無が自分の人生に直結するかのように悩みます。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』と同じですね。その部分は、一神教の信仰者が少ない日本ではちょっとわかりにくい部分かもしれません。
 イスラム教だけでなく、民族や政治についての議論も出てきます。ただし、作者はそれらに真正面から向き合うのではなく、戯画的なタッチで書いています。トルコ情勢に疎い私は作者が茶化しているものがよくわからず、風刺や皮肉から少し取り残されました。これは、イスラム圏の映画を観る時にもよく感じることです。自分なりに楽しんだり、心打たれたりはするのだけど、肝心なところを捉え損なっているのではないかと感じてしまいます。
 という風に消化しきれないところもありましたが、料理やサッカー以外にほぼイメージがなかったトルコの人たちに思いを馳せることができた作品でした。


コーマック・マッカーシー『ブラッド・メリディアン』(ハヤカワepi文庫・黒原敏行訳)

 マッカーシーは去年亡くなったアメリカの作家です。長年ノーベル文学賞候補と言われながら、とれずに亡くなってしまいました。
 コーエン兄弟のアカデミー賞受賞作『ノーカントリー』の原作者でもあります。あの映画は世界観もプロットも原作にかなり忠実でした。映画の広告に井筒和幸監督が「おかっぱ頭の殺人鬼に追いかけられる悪夢。アメリカよ、お前の正体を見たぞ」とコメントを寄せていらっしゃいました。まさに、作品がそのままアメリカという国のメタファーとなっている映画でした。
 それは、この小説も同じです。容赦ない血と暴力。それを詩的で美しい(でも、慣れるまでは読みにくい)文章で書いた作品です。人間の存在をえぐり出すような。
 マッカーシーの作品は未読のもの多いので、また読みたいです。すぐにではないですが。あまりの残酷さに気持ちが荒んでしまいそうなので。


川端康成『舞姫』(新潮文庫)

 ウィキには"敗戦後の日本で崩壊してゆく「家」と、美や充足を追い求め「乱舞」する人間の永劫回帰の孤独な姿が描かれている"とあるのですが、主人公夫の性格の悪さが圧倒的でした。ドストエフスキーなどの文豪も悪人の造形が巧みですが、悪人といっても何かしら人間的な部分が感じられたり、逆に神話的であるほどの巨悪だったり…いずれにしても、現実では会いたくないものの、小説のキャラクターとしては魅力的に思える人が多いです。
 でも、この小説の主人公の夫は小物感あふれる、それなのに人を苛むタイプの嫌な奴なんですね。敗戦とか時代の流れとは関係なく、この小説の悲劇は主に、この男の嫌味な性格のせいではないかと思ってしまいました。
 川端といえば女性を美しく、幻想的に描く作家というイメージでしたが、嫌な男を描写する力もずば抜けていると感じました。


川端康成「眠れる美女」(新潮文庫『眠れる美女』収録)

 短編小説が三作収録されているうちの表題作を読みました。
 初老の男が眠る娘たちの傍らで、過去の女を思い出したり、自分はまだ男だと(性的な意味で)気持ちを昂らせたり。筋というほどのものもない作品ですが、作品世界にどっぷりはまり込んでしまいます。ただ美しいだけではない、怪しくもあり、現代に生きる私としては突き離したくなるような描写もあるのですが、同時に惹きつけられもする。
 自撮り読書がはやりだと聞きます。自分と似た人を小説の中にも求める読書スタイル。もったいなーと思うんですよね。だって、共感や親近感を求めるならnoteで無料で読める中にも素敵な記事がいくらでもあるので(筆者とコメントで交流することさえできます)。わざわざ小説を読むなら、違う感覚、違う感性を味わいたいです(私なら)。「眠れる美女」を読めば、自撮り読書とは真逆の読書体験ができると思います。特に女性は。男性はどうなのかわかりませんが。もしかしたら、男性ならこんな経験をしてみたいと思うのかもしれませんね。


青空文庫では、太宰治の初期から中期の小説をまとめ読みしました。『津軽』については別に投稿するので、それ以外に印象に残った小説について書いてみます。

『富岳百景』

 小学生の頃も良い話だなと思っていたのですが、今読んでもやはり心に染みる話ですね。太宰も地方から上京した人なので、富士山には憧れと反発、どちらもあるのではないかと思います。それにしても、下宿の少女から道で会う人まで、太宰は女性に大人気です。にじみ出るような可愛げがあったのでしょうか。


『女生徒』

 この小説も以前から気に入っていましたが、ウィキペディアで確認すると、実在の少女の日記が元になっているんですね。太宰の創作は1割しかないという説もあるようです。少女が自分で太宰に日記を送ったので、倫理的には問題ないと思いますが、それをあっさり借用して小説にしてしまうのも、太宰らしいという気がします。


『駆け込み訴え』

 イエス・キリストを裏切ったユダの1人称小説です。愛するイエスをなぜ裏切ることになったのかをユダが切々と語ります。まるで、作者にユダが憑依したような文章でした。一方で、イエスに対する作者の強いシンパシーを感じる箇所もあり、太宰の中ではユダとイエスが表裏一体のものとなっていたのかもしれません。
 太宰と同じく自殺を選ぶ芥川龍之介も、『西方の人』と『続・西方の人』でイエスの生涯を追っているのが興味深いです。


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