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あえて現実と距離を置く 山本周五郎とシューベルト 【読書感想文】

 若い頃は、現実を直視しなければとストイックに考えていましたが、今はほどほどにしています。他人の苦しみに無関心になってはいけないけれど、私が世を憂いて落ち込んでも、それで何かが変わるわけではありません。
 時にはあえて現実と距離を取るように心がけています。情報が洪水のように押し寄せる時をやり過ごし、心の準備ができてから現実と向き合っても、遅くはないのでは。

 つい先日、そんな風に現実と距離を置いていた時に出会ったのが山本周五郎さんの小説でした。noteでフォローしている方が、周五郎さんの『五瓣の椿』という小説について書いておられたのです。
 山本周五郎さんといえば、時代小説界のレジェンドです。藤沢周平さんが周五郎さんの後継者だと聞いたことがあるので、気になる作家でした。ただ、青空文庫にある作品だけで百冊を超えているので、何から読めばいいのかと足踏み状態で。

 話はそれますが、noteの記事って、興味はあるけど何となく読まずにいる作品に向けて背中を押してくれるものが多いです。例えば、今回Amazonのセールで買った津島佑子さんの『火の山』もそう。フォローしている方がお二人、太宰治の関係者の作品を読んでおられたんですね。それに触発されて、太宰の妻の一族がモデルになっているこの小説を読んでみることにしました(読み終えたら、感想を書くつもりです)。

 Kindle端末に『五瓣の椿』をダウンロードし、ついでに、普段聴かない曲をBGMにして、より現実離れ感を演出することにしました。シューベルトの弦楽四重奏曲十五番。オペラ以外では、ロマン派の曲はほぼ聴かないので、シューベルトが弦楽四重奏曲を作曲していたことさえ、知りませんでした。
 この曲は、村上春樹さんの小説『騎士団長殺し』で主人公が聴いています。セールで買える冊数が限られているので、まだ第一部しか読めていないのですが(セコいなぁ…)。
 小説では、ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団のLPを聴いていますが、Amazonミュージックになかったので、タネーエフ弦楽四重奏団の演奏にしました。

 さて、『五瓣の椿』ですが、1959年に書かれた作品なので、ゆったりとしたテンポで話が進みます。それが現実から離れたいという気持ちと合っていて、心地良かったです。犯罪小説的な時代小説とでもいうのか。違う時に読んだら、毒親小説だなーと感じて、現実の出来事とリンクさせていたかもしれません(それだけのリアリティーがある作品でした)。でも、そうはせずに、素直に江戸の庶民の生活を描いた作品として読むことにしました。自分のことしか考えていない人…悪人とまでは言えないけど、ある意味悪人以上に他人の生活をむしばむ人達の描写がうまい。何人もそういう人が登場するのですが、一人一人、うまく書き分けられています。多分、現実の世界でも、一人そんな人がいれば、似た雰囲気の人が次々に寄ってくるんでしょうね。
 それに比べると、犯人は悪人とはいえ、もう少し環境に恵まれていたら、まっとうな人生を送れただろうと思わせる書き方でした。ミステリーや犯罪小説を読み慣れているので、底の浅い描き方だと、「いやいや、普通この程度で闇堕ちしないよ」と斜めに見てしまい、「犯罪者に甘い作者だな」と無駄に腹を立てることさえあるのですが、この小説は大丈夫。むしろ、辛い目に遭った後で悪に走るか、踏みとどまるかは紙一重なのだと作者が語りかけているように思えました。
 もう少しで陰鬱な印象になりかねない話が、ぎりぎりのところで、切ない話にとどまっているようにも感じました。これは、この作品だけでなく、時代小説全体に言えることかもしれません。登場人物の気持ちに共感はできるけど、のめり込みすぎて自分が苦しくなるほどではない。辛い時に静かに寄り添ってくれる友のような作品が多い気がします。

 藤沢周平さんが後継者とみなされていたということは、この小説とは違う、あたたかい雰囲気の作品もあると思うので、今度は違うタイプの山本周五郎作品も読んでみたいです。
 
 
 
 


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