見出し画像

双方向の文学 森鴎外『津下四郎左衛門』 その2 【読書感想文】

 森鴎外の歴史小説「津下四郎左衛門」について、前回書き足りないところがあったので、付け加えます。
 
 この小説は、最初に中央公論に載った時には、聞き書き部分と鴎外のごく短い解説文だけで終わっています。
 ところが、その作品が反響を呼び、鴎外は新たに、多数の四郎左衛門関係者と知り合うことになります。息子さんも父親の生涯を知るために多くの人の話を聞いたようですが、新聞や雑誌の訪ね人コーナーさえない時代ですから、かなりの漏れがあったのでしょう。

 鴎外は、新たに得た情報や文献をもとに小説を膨らませました。加筆した部分にまた反響があったりもして、最終的には、長さも内容もかなり深みを増すことになりました。特に、横井小楠暗殺については、今ネットでこの事件について書いている人達も鴎外の文章や意見を引用するぐらいに、詳しい事情が判明したようです。
 
 鴎外が現代の作家なら、小説を書いている最中にもSNSを駆使して情報を募り、時には、情報をくれた相手に連絡してメールでやり取りしたかもしれません。そのやり取りによって、小説の内容が変化していって。現実の世界が小説の世界を変えていく。そんなやり方で、小説を書いたかもしれない。そう思いました。
 森鴎外は、今から100年以上前に、読者参加型の双方向の文学を作り上げていたのです。


この記事が参加している募集

読書感想文

歴史小説が好き

読んでくださってありがとうございます。コメントや感想をいただけると嬉しいです。