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いまさら翼と言われても ※ネタバレ含みます

今回は、京アニでアニメ化もされた氷菓の原作、米澤穂信さんの古典部シリーズについてです。

今回は「いまさら翼と言われても」について書きます。氷菓から数えると、6作目にあたります。

なかでも『長い休日』焦点を当てようと思います。
『長い休日』は折木奉太郎のモットーがなぜ「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」にらなったのか。について語られます。
早速内容に入ります。

小学六年生時、奉太郎は田中と花当番になり、交代でやっていたが、途中で田中の家が建て替えになり、帰宅に時間がかかるため、花当番は折木が1人で引き受けることとなる。
しかし、ランドセル置き忘れ事件から田中宅の建て替えが済んでいることを知り、自分がいいように使われていたことに気づく。
「俺が何一つ文句を言わずに全部の頼み事を聞く子だったから、便利だから、少しぐらいは人助けしてやろうという気持ちにつけ込まれた。」
思い返すと、あの時もそうだと思い当たることが多く、自分がいいように使われていたことに気づく。
そして姉に相談します。
「感謝して欲しかった訳じゃない。ただ、馬鹿にされるとは思っていなかった。 ぼくはもう、授業が終わったら学校には残らない。 人といれば何かを頼まれることになる。それはきっと、ぼくが何も言わずに引き受けるだけの、馬鹿だと思われているからなんだ。 馬鹿だって構わない。ただ、つけ込まれるのだけは嫌だ。もちろん、どうしようもないときはなんでもやるよ。文句も言わない。でもそうでなかったら、 本当は他の人がやらなきゃいけないことで、ぼくがやらなきゃいけないことじゃなかったら、もう やらない。絶対に。」

「そう。あんたは不器用なくせに、器用になりたいのね。あんたはばかのくせに変になところで頭がいいから、嫌な気づき方をしちゃったのね。いいよ、止めなさい。それでいいんじゃない。あんたの言ってることは間違ってないと思うよ。」
「あんたはこれから、長い休日に入るのね。そうするといい。休みなさい。大丈夫、あんたが、休んでいるうちに心の底から変わってしまわなければ・・・」

大まかに書くとこんな感じだったと思います。(最後の台詞は引用しています。)
つまり、奉太郎は「やらなくていいこと」を他人に押し付けられ、「相手のためになるならまあいいか」と続けていたら、まんまと使いパシリにされていたというわけです。

古典部シリーズはこのような暗い転換が描かれることが多々あります。
例を挙げるとなると、里志は代表格です。「データベースは結論を出せないんだ」知識はありながらも結論へ辿り着くことができない。この物語においてはたどり着くことを諦めたような台詞です。奉太郎という才能に出会い、目の当たりにして「結論を出すのは、僕より奉太郎の方が向いている、もしくは僕よりいい答えを出せる」そう考えているのではないでしょうか。

少し話がずれてしまいましたが、奉太郎はいつ終わりがくるかもわからない「長い休日」に入ることになりましたが、私はその終わりが近い、もしくは、以前のように使われるのではなく、「役に立つ」ようになるのではと思います。
そのきっかけは千反田です。
それまでモットーを貫いてきた奉太郎が千反田の押しに負け、頼みを断れない性分が顔を出すことが増えました。
千反田の頼みを断れないのは、千反田の一切と言っていいほどの不純のない、純粋な好奇心が奉太郎に伝わっており「自分がいいように使われるのではなく、純粋に必要とされているのではないか」と思っているからではないでしょうか。

奉太郎の一度曇ってしまった心も、千反田によって浄化されつつあるのでないかと思いました。

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