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書くことは祈ること。

午前中、夫婦で本についての会話になった。
夫は、私の読書力を感じ、どうにも不審な様子であった。

ああ、また、こういう反応か……。
多少、見慣れた表情でもあるが、こういう一瞬の出来事で、私は他者から一線を引かれる。

育った環境が違うとか。
読書能力が高いとか。
古典を素地にもっているとか。

まあ、さまざまな理由を並べ立てては、己の劣等意識を刺激し、楽しんでいるようで結構である。

彼は、いつも0か1しかない。

ゆらぎの概念がないのは、夫もそうだった。

私は読書をしてはいたが、難しい本を読むときは、大体いつだって苦行に近かった。

当時、ダニエル・キースが言っていたように、「知識を求める行為は愛情を求める行為を止める」ものであり、必ずしも知識欲にあふれた者が、良いとは限らない。

若いころ、かつての私は一種の暴力性をもって、知識を得ていた。

否、枯渇した愛情への欲求が暴力へと変わらないよう、知識という暴力で己を叩いていたにすぎない。

それは、いま思うと恥ずかしい行為でしかない。

面白い本は面白いが、難しいものは難しいものである。
それは、読めようが、読めなかろうが、同じで。読めたところで、本自体簡単にはならない。
そんなこともわからんのか、こいつは。けしからん。

と、眉をひそめつつも、私の一種の自己への暴力行為を褒められているのは、どうにも居心地の良いものではなかった。

それ故に、難しい本を見せびらかして読む輩は嫌いであった。
そういうのは、よく大学時代から見かけたものだが、大抵、自ら「読書家です」感を出す奴に大した読書家はいない。
本当に本が好きな人は、黙して語らず。謙虚なものである。

私は必要があって、読むことのほうが多かった。

それこそ、理性で欲求を抑え込み、それによるストレスで、随分と人格は破綻していたように思う。

今は本当に楽しい読書しかしない。
話題の本も読めば、古典も読むが、それをあえて見せびらかしはしない。
それが、唯一の解放感であるからだろう。

そもそも読書は共有する時点で、自分を慰める友人ではなくなってしまう。
私は、そのことのほうが悲しいので、友人である本を、他者に簡単に引き渡しはしないのである。

読書家であることがステータスになる時代は、どうかしているのであって。そもそも論として、そんな言葉は廃止してもらいたい。
ラーメンを食す者に、ラーメン家だね。と、言うのであれば、平等だが、本を読む者だけが、名指しにされるのは、実に不名誉極まりない。

そして、彼は徐々に「戦後日本文化」という、触れてはいけない禁断ワードへ向かう。

ええい。だから、もう戦後議論とか、恥ずかしいんだってば。

そういう瞬間、当時の目に戻ってしまった自覚も相成り、実に退屈である。
「戦後知識人の戦争責任」それこそが、90年代までの昭和の時代のすべてを物語っている。
皆が、その大きなモノローグに食らいつく。
古臭い響きを未だに引きずる、生きた化石には退場いただきたい。

わたしは、さっさと退場した。

現代は、もはや戦争を知らない者しかいないじゃないか。
私たちは、平和の中で起こる自身の現実と向き合うことでしか、文化を語ることはできないのだから。

国の命令で人殺しをしている者は、まず記事など書いている暇はない。
そういう当たり前の日常が、今あるのは、過去の先人たちの平和への祈りのおかげである。
書くとは、創作とは、戦後にとって、祈りだったのだ。

そのニュアンスがわかるのは、0と1しかない者ではないのは確かである。


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