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「犬はバナナを食べない」 6

 電車を降りると、いよいよ父とミキヨシの住む、タワーマンションの影は、直ぐそこだった。だが、勇気が出ない。ハッと気づくと、目の前の横断歩道が、チカチカと点滅してゆくところだった。急いで渡ろうとしたが、駄目だった。タイミングが悪い。せっかくなので、近くの大きな古本屋を覗くことにしたが、生憎、そこは漫画がメインだった。父が、趣味で漫画を描いていたせいか、漫画、というものに昔から抵抗感、というものがあった。どちらかというと、文章だけの書物のほうが好きだった。が、今、こうして見てみると、タイトルだけでも、壮大な現代の絵巻物のようなものもある。食わず嫌いは、良くないな、と思って、青年誌を一冊、取り上げると、パラパラと中を確かめる。だが、、駄目だ。本当に漫画という絵は、駄目だった。パラパラ見ただけで、気分が悪くなりそうだった。諦めそうになったが、再度、今度は少年誌を手に取ってみた。だが、これも駄目。そんなことを繰り返すうちに、一時間は経過してしまっていた。今帰らないと、家に帰るのがかなり遅くなってしまう。
 パッと、外へ出て、タワーマンションの一室を睨みつけた。あそこへ、本当に行きたいのか?そんな声が、私の心のなかでこだました気がした。
 さっと踵を返し、電車のホームへと急ぐ。ここは、私の居る世界じゃない。母とのアパートへ、帰らなきゃ。より子にも、連絡しないと。
 と、突然パーッと、車が横切って来た。助手席に乗っている女の子が、安心して眠っていた。だが、その顔が、ミキヨシの彼女に見えてしまい、びっくりして一瞬目をこすった。、、帰ろう。そう呟いて、改札を抜けた。

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