ボナパルト家を取り巻く女性たち - オルタンス編《10》逃亡
◆これまでのお話
かつてはナポレオンの義理の娘として名を馳せた、皇后ジョゼフィーヌの娘オルタンス。
しかしナポレオンは流刑先のセントヘレナで死亡。
更に過去の権力者ナポレオン一族への世間の風当たりは強く、オルタンスは亡命先のスイスとイタリアをひっそりと行き来する生活でした。
しかし、2人の息子はイタリアの過激な秘密結社・カルボナリで活動。
ローマ教皇やオーストリア軍に目をつけられます。
そこでオルタンスは息子2人を連れて逃亡しようとします……。
ここからの続きです。
◇
まずオルタンスは、フィレンツェ在住のイギリス人女性に連絡し、彼女と2人の息子のフランス→イギリスへの旅券を調達してくれるよう頼みます。
そして息子達がいるボローニャに使いを送り、彼らの元にオーストリア軍が向かっていることを知らせます。
ところが、息子の代わりにやって来た使いの者は驚くべき事実を告げます。
何と次男は麻疹にかかり、床に臥せっていたのです──。
◇
オルタンスは急いで息子の元へ馬車を走らせます。
しかし彼女の奔走もむなしく、次男は亡くなっていました。
1831年3月17日の事でした。
しかし、オルタンスには泣いている暇などありません。
三男はまだ生きていて、しかも彼の敵対勢力 オーストリア軍がこちらに向かっているという情報があったからです。
そこで彼女は、わざと人目につくよう三男と共にアンコーナの港へ向かいます。
自分達は港からギリシャのコルフ島へ行くのだと思わせる作戦でした。
(本当は、フランスを経由してイギリスに渡る予定でした)
そして計画実行の為に変装などの用意をしますが、何と今度は三男が発熱します。
実は彼も、次男と同じ麻疹にかかっていたのでした。
オルタンスは絶望しますが、計画を中断する訳には行きません。
港に停泊していたコルフ島行きの船に息子の荷物を積み込み、
「三男ルイ・ナポレオンはこの船でコルフ島へ向かうのだ」
「母のオルタンスは病気のため、息子には付き添えずここに残る」
という噂を流させます。
その日の夕方、偽物の荷物を積んだ船は出港。
人々は、三男は無事逃亡したと思い込み、病気で息子に同行できなかった(←嘘)オルタンスに同情しました。
◇
そこへ、オーストリア軍がルイ・ナポレオン(三男)を捕まえるべくアンコーナに進軍している事が分かります。
この時オルタンスは、ナポレオンの弟の宮殿に滞在していました。
オーストリア軍の接近を予見していた彼女は、まず三男のベッドを自分の居室の隣の小部屋に移動させます。
悪いことに、オーストリア軍はオルタンスと三男がいる宮殿を宿舎に使うので明け渡すようにと言い出しました。
しかしオルタンスはこれも予想済みで、
「自分は病で寝たきりなので宮殿を離れられない」
「三男は既に船で旅立ってしまった」
と召使いに言伝させます。
この伝言を受けたのが、かつてオルタンスがパリを追われた時(第9話)に護衛をした 顔見知りの将軍でした。
その為彼はオルタンスに同情し、オルタンスの滞在を許可します。
◇
しかしここからのオルタンスはさぞかし肝が冷えた事でしょう。
息子を捕まえようとしている軍隊が、一つ屋根の下、すぐ隣の部屋にもいる訳ですから─。
三男は咳ひとつするのも布団をかぶり、ひそひそ声で話すしかなかったそうです。
◇
落ち着かない日々を過ごすこと8日。
ようやく三男は回復し、旅に出ることができるようになりました。
そこでオルタンスは
「自分は元気になったので、リヴォルノから乗船し、マルタ島で息子と合流してイギリスへ行く」
と嘘の計画をでっち上げます。
そして旅券にオーストリア将軍の署名をもらい、軍隊が駐留している場所を安全に通れるよう取り計いました。
兎にも角にも、準備を万端に整えたオルタンス。
三男には肝っ玉母さんの変装をさせて、早朝馬車に乗って出発しました。
太陽が高く昇る頃には、アンコーナの街は既に遠くなっていました。
◇
イタリアを離れた2人は、馬車の旅を続けてやがてフランスに入ります。
かつてナポレオンが皇帝として君臨し、国民が自分達を皇帝の親族として崇めていた国。
しかしボナパルト家の追放令が出ている今は、顔がばれたら命の保証がありません。
そんな中、2人はパリに辿り着きました。
ところがパリ滞在中、またも三男が熱を出してしまいます。
ここで足止めを食らっている間に迎えた日付が1831年5月5日。
奇しくもナポレオンの死からちょうど10年の記念日だったのです─。
パリのヴァンドーム広場には、今なおナポレオンの死を悼む人々が花を手向けていました。
この状況を重くみた政府に、親子はすぐここを離れるよう通告されます。
三男の体調は万全では無かったのですが、2人は仕方なく港町カレーに向かいます。
そこから船でイギリスに渡りました。
オルタンスにとっては、祖国フランスとの永遠の別れでした。
続きます。
次回、最終話です。
参考
Queen Hortense: A Life Picture of the Napoleonic Era
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