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15話 暗礁に乗り上げる、とはこういうことか。

ある日、わたしは車の運転をしていた。車内でどうしようもない気持ちになり、端末機の充電が残り30パーセントほどだったが、それでも音楽をかけた。その時は、星野源くんの「知らない」をかけたと思う。大声で歌ったと思う。そうでないと、この気持ちはどうしようもないところから、真っ暗なところへと飛んでいきそうだったからだ。

その日のスケジュールはいつにも増してタイトだった。移住も佳境に差し掛かり、居住地や仕事などの準備を進めているのだが、予定がバラバラだと何度も往復しないといけなくなる。だから、なるべく予定をその日に合わせるようにした。距離が近ければそんなことを気にしないで済むのだろうが、レンタカーを借りて移動するだけでも一日仕事になる。何度も訪れるとなると、かかる費用も積み上がっていく。気にならない時は全く気にならないのだが、ネガティブな方向へ思考が流れ出すと、時間や費用、さまざまなことが気になりだすものだ。

前日にタイムスケジュールを事細かに手帳に書き記し、(本当はプリントアウトしたかったが、印刷機の調子が悪かったので手書きになった)当日は予定通りに出発できた。持ち物なども今回は注意深く用意した。

そうそう、今回は面接が2件、部屋の内覧が1件という予定。着用していったスーツとは別に、途中で服を着替えたかったので、着替えの服やスニーカー。履歴書などの書類。何か不備があっては…と思い、替えの履歴書や封筒、その他もろもろの文具。持ち物も忘れぬように昨日のうちに準備しておいた。

面接もそうだが、その場所に無事にたどり着くか、そこからが勝負だった。7時に出発し、11時からの面接。ナビで調べると1時間ちょっとかかるというが、その時間で行けた試しがない。2時間以上かかることもあったので、かなり余裕をもたせた。
大阪のわけのわからぬ車線変更や、阪神高速などの難易度の高い運転もなんとかこなすことができた。なんとか、目的地周辺までたどり着いたのが、9時過ぎ。辺りに駐車場は見当たらない。幸いにも、近くにコンビニがあるのを見つけたので、そこで駐車をし、作戦を練る。先方に電話をし、近くまで来ているという旨を伝え、駐車場がどこかにあるのか聞くと、どうやら近辺にあるらしく、聞いた名称を調べてそこまで向かう。

1つ目の面接は終了。

次は2つ目の面接。どこかで昼食を済ませようと、車を走らせながら探してみたものの、特にめぼしいものが見当たらない。そりゃそうだ、街のようにどこにでも何でもあるわけではない。だからこそ、事前の準備が必須になる。
案内板に「道の駅」という文字を見つけたので、そちらの方へ向かった。そこでは、コンビニのおでんを買って食べた。結構ふらふらだったので、あったかいもの、やさしいものがほしくなったのだ。

その後、2つ目の面接の場所へ向かう。案外早く目的地を発見したため、時間が余った。
そこで、周辺のパン屋さんを探すことにした。調べてみると、森の中にあるという。ナビに住所をセットし、ナビ通りに進んでいくと、どんどん細い山道の中に入っていった。かなり進んだところで、ナビは細い砂利道の方へ行くようにと誘導している。
「こんなところに?まじか…」と思ったが、ゆっくり進む。ナビ通りに進んでいくが、パン屋さんらしきものは見当たらない。途中でパン屋さんの名前の看板を見つけたので、確かにあるとは思うのだが。
「目的地付近に到着しました。案内を終了します」
ナビは淡々と終わりを告げる。前方は、行き止まり。左折したら進める道があった。そこへゆっくりと進み始めると、途中で、「この先、行き止まり!注意!」と、かなり注意をしろよ、という文字の文体で、注意を促していた。疲れでぼんやりしていた頭が回転し始め、「これ、帰れないパターンになるのでは・・・?」と答えを導き出し、そこで止まった。(本当にこの選択をとった自分、看板を見つけた自分に感謝)

ゆっくりバックをするも、道は狭いし、右は斜面、左は溝になっている。溝に落ちないようにと、斜面側をぎりぎりに進むが、ポキポキと木の枝が折れる音が聞こえる。窓から顔を出すと斜面すれすれになっていた。その後、前に進んだり、後方へ曲がったりを繰り返しながら、ようやく行き止まりから脱出することができた。

そうこうしているうちに、面接の時間まで40分ほどになっていた。結局、パン屋さんは見つからないままで、面接地へとすぐに向かった。

無事に時間15分前に到着し、二つ目の面接も終了。

面接の詳細は省くが、二つとも滞りなく終えることができた。反応もとてもよかったし、自分の思いも伝えられたし聞きたかったことも聞けた。

なのにだ…、なぜか、冒頭の「どうしようもない気持ち」が襲ってきたのだ。
その時は、自分でも、この気持ちの理由がわからなかった。うまくやれた。時間も、話も、運転も、今までの自分も。それなのに…。なぜか、悲しくてしかたなかった。その時は、「悲しい」という感情ですらなかったのだが。

その後、駅近くの不動産屋さんでお願いしていた内覧をさせていただく。候補は二つあったのだが、一つの方が、前回は退去されていなかったために見ることができなかったのだ。もう一つの方を内覧させていただき、部屋を決める段階にきていた。帰りの車内はしーんと静まり返っていた。前回と同じ方が担当だったが、今回は気を利かせて考えやすいように静かにしていただいていたのか、ただ話すのが面倒になったのか。当のわたしは、どちらにしようか決めかねていた。間取り的には、今回の方が過ごしやすそう。でも、周辺の環境は前回の方が好き。

不動産屋さんに戻ると、どうするかを聞かれ、まだ決めかねていることを素直に伝えた。少しだけ、一つ目の方が気になっていたので、「とりあえず…」ということで、そちらで進める方向で契約が始まった。わたしはまだ、決断できていなかった。それでも保証人やら、個人情報確認のものとか、諸々の手続きが何やら始まっていく。

無職というのは何かと不便なようで、部屋を借りるとき、保証人を立てたり、保証会社に頼んだりするようなのだが、そこら辺の説明もあまりないまま進められていく。早めに面接を受ける手立てをとったのも、言うなれば、部屋を借りるためだったようにも思われる。それは仕方ないといったら、仕方のないことではあるのだが。

書類を書き進めながらも、わたしは時間を気にしていた。内覧は周辺の生活環境をお願いして見て回ってもらったのだが、これが往復1時間ほどかかったのだ。(その後、ちゃんと調べなおしたら、車で10分のところに新しくスーパーができていたということを知る)
わたしはレンタカーを返す時間が間に合うか心配だった。途中で、契約を区切って、残った手続きは家で行うことになった。

その後、さっきの「どうしようもない気持ち」が、また湧き上がってきた。帰ってきてからも、もやもやがどんどんと膨らんで、自分でも手に負えない状態になった。

本当はどうしたかったの?
自分の気持ちがまったくわからない。そして、自分の気持ちを大切にするためにやってきた、この道。それなのに、本当に大切にしているようには思えなかった。お金や、安定や、不安や、家族や、いろんなものに押しつぶされそうで、本当の気持ちが見えなくなっていた。その時は、もうただ休みたかった。


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