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わたしの本棚103夜~「空白の天気図」

 緻密な調べによる熱量のある本でした。読後、ずっしりと胸に迫るものがあって、読書の幸福感を味わえた本です。

 2016年公開の片淵監督「この世界の片隅に」を30分長くした(シーンを増やした)2019年公開の「この世界のさらにいくつもの片隅に」のDVDを借りてみました。そこには、広島原爆のあと、9月17日の枕崎台風による被害も描かれていました。主人公すずさんの住む呉市の北条家も屋根が壊れ、家の浸水被害にあうシーンでした。

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(画像は、アマゾンcomさんのです)

 広島原爆の被害は有名ですが、実は、その年、9月17日に枕崎台風が起こり、その台風によっても広島県は壊滅的な被害を受けます。死者、行方不明者は、台風が上陸した九州地方の442人よりも多い2012人でした。なぜ、甚大な被害が起こったか。それは原爆投下と無縁ではありませんでした。

☆「空白の天気図」柳田邦男著 新潮社 1200円(昭和59年10刷の値段です)

 5章と終章とあとがき、からなる構成です。あとがきによると、著者の柳田邦男氏は、昭和20年8月6日の広島については、多くの記録や文学作品があるが、その直後、9月17日に広島を襲った枕崎台風の惨禍による記憶は少ない。原子爆弾と台風による災害という二重の苦難の中、人々がどのように生き、死んでいったか、を知りたいというのが根底にあった意識であり、食うや食わずの状況に置かれながらも、職業的に任務をまっとうした、名もなき人々の記録を描きたかった、とあります。本書の主人公北氏をはじめ、気象台の人びとは、原爆の被爆者でありながら、同時に原爆と台風という二重の災厄を科学の目でしっかりとみつめていた観察者でもありました。

1、広島原爆(1章~2章)

 井伏鱒二氏の「黒い雨」などの小説にもあったように、原爆は投下されたあと、市街を歩いた人(肉親を捜したり、水を求めて)が被爆していたという状況が鮮明に描かれ、胸が痛かったです。東京の幹部や知識階級の人以外は原子爆弾の存在を知らず、広島の庶民には知らされず、投下直後に歩きまわってしまったために被爆した気象台員の描写。建物の中にいても、突風でガラス片が突き刺さって負傷する様子も痛々しかったです。

 中央気象台から現場実習のため派遣されていた津村くん(仮名)は、後に原爆後遺症で精神を病んでしまう過酷な運命を学生ながら背負ってしまいます。彼以外の人は実名で、当時の負傷状況が詳しく書かれおり、読んでいて、辛かったです。

2、枕崎台風(3章~4章)

 原爆投下、終戦後の復興からままならない9月17日。枕崎に上陸した台風は、九州地方よりも広島県に甚大な被害をもたらしました。理由は、原爆による被害があまりにも大きくて、まだ復興途中であり、病院などの窓にはガラスがなかったり、バラックに住んでいたり、道路で寝泊まりしていたり、建物が傾いていたり・・・。また、被害の大きかった呉市は山の斜面が多く、地盤が緩んでおり、土砂崩れなどを起こしていました。宮島の厳島神社被害の様子は、以前、旅をしたき、ガイドさんからも聞いたので、改めて自然の脅威に思いをはせました。

 原爆投下直後から軍の要請で、広島市に滞在していた京都大学の理学部と医学部の調査隊が大野浦で遭難します。若い優秀な科学者たちの死も悲しみを誘いました。京都大学原爆災害総合調査班の遭難の第一報は、20日に夜になってからでした。

3.未来へ(5章、終章)

 宇田、菅原、北の3人の気象台員は、山根、西田、中根の3人を加えて、原爆被害調査、台風被害調査をします。地道な聞き取り、取材調査であり、「黒い雨」を浴びた人たちの記録、当時の気象台員全員のその後。そんな記録を残してくれたからこそ、今の私たちが検証ができます。

 北氏は、呉市の枕崎台風被害を大きくした原因のひとつ、当時、終戦直後のことで、気象予報がなかったから市民には大災害を予測できなかった、ことを調べます。すると、当時、新聞で広島市民が天気予報をみることができるようになったのは、昭和21年3月13日になってからでした。

 今なら簡単にレーダーを使ってスマホで天気予報を知ることができるのに、当時、現地の気象台から中央気象台へ測定値の授受ができない地域は、天気図が空白となったそうです。

「北は、気象台に奉職する一人の技術者に過ぎなかった」という文章であらわされている主人公北氏。彼をはじめ気象台員の職をまとうする姿。愚直なまでの名もなき庶民の姿には、読んでいて、頭がさがります。一介の技術者として忠実に気象観測の記録をとり、気象の研究をおこない、災害の調査をまとめる仕事にひたすら半生を捧げてきたのは、それが人間の福祉に役立つと確信すればこそのことであった、と定年後、北氏は回顧します。

「この世界のさらにいくつもの片隅に」は、日常のありがたさを描いたアニメであり、そこにあらわれる原爆投下、枕崎台風。末端の庶民に情報が届いてなかった現実。繰り返してはいけないです。読後、この本を読めて、良かったと思いました。記録を残してくれたことへの感謝です。慎ましく生きているひとが、愚直に職をまとうする人が住みやすい世の中でありますように。。

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