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いのなか

わたしは24になった。夏が終わる。紅く低く染まる空を見ている、今年も夏が、あっという間に終わる。浅い夏だった。感情が酷く波打つ夏だった。何の変哲もない夏だった。思い出のない、夏だった。愛する友達がだれかの奥さんになって、なついろのソーダを飲んで、あったことも無いだれかがみずから命を絶って、わたしだけがだらだらとなにも変わらずに生きている、そんな夏だった。夕立につられて泣きたくなるくらい、私だけが何も無い夏だった。人生の半分は夏にあるくらい、きらいなのに重い季節だった。わたしはといえば、酒で日々を終わらせながら、かぞくと称するぬいぐるみに顔を埋めてしあわせだと声高に叫ぶ、そんな夏だった。SNSを少しずつ絶った。心が乱されるのは暑さのせいだけじゃなかった。全部がおもくるしい、けれどかぞくを置いてはどうしても死ねなかった、聴覚過敏とミソフォニアのあいだ、あまえだと、どうしても行けない病院、だって障害なんかじゃなくてただ無能だからと言われるのが怖いんです、なにを名乗ってもどうせブームだって言われるんでしょう、発達障害、ジェンダーのこと、この県から逃れられないこと、誰かを悪者に出来たらなにか変わるかもしれないけれど、どう考えてもわるいのは自分以外いない。ことばを吐き出す先を知らない、声に出すすべがわからない、わたしの世界はなんて狭いんだろうか、血の繋がった家族の、なかば呪いのようなことばと、血のかよっていない、ぬいぐるみの家族のためだけにだらだらと生きながらえている。どうしても誰とも恋人になれない、友達は胚を見せ合わないから友達で、血の繋がった家族はいちばん近くて遠い。死にたいなんて言えるさきはないなら、わたしはへらへら笑うしかない。わたしの世界は酷くせまい、抜け出せない、子供となんら変わらない。わたしは24になった。酒の味だけを覚えていく。トベたらどんなに楽だろう。どうしたらいいかわからないんです。幸せになる方法がわからないんですだって誰かから見たらわたしだって随分ぬるま湯のなかでしあわせな顔してるんでしょう。許せないことが多すぎる代わりに、世界に拒絶されているとしかおもえない。せまいせかい、じんせいのすべて、誰かになれたら、いまよりもっと悪い子になれたらどんなにいいだろう。ことしのなつもなににもなれずに、死ぬことさえ出来ずにだらだら命を営みました、価値のあると到底思えないいのち、「ふつうは」親以外の人からその命の価値を説かれて、愛をしって、人間足りうるのだろうけどそんな経験がないんですよね、わたしって、じゃあ、その程度のものなんじゃないんですか。血の繋がった家族以外に愛された経験がないから、愛されるきもちが、あいされるほうほうが、じぶんにその価値があるのかが、どうしてもわからない。人をまともに愛せないようなにんげんはごみですか。いま轢かれたらって思わない人間の方がおおいって本当ですか。この先どうやって生きていくのが正解なんですか、わたしは、わたしはそんなにどうでもいい人間ですか。雨が降る、泣きたいのはこっちの方だよばかやろう。お前らにこんな気持ちがわかるはずないんだ、わからないでくれ、もうわかんない、たすけてほしい、あいされたいなんてごうまんに思ってばかりいる、自分のことがいちばんきらいだ、今年の夏も大人にはなれず、死にもせず、ただ生きました、なにも残らない、残せない人生、あのね、すきだよって言ったところでわたしらここから出られないんだよ。だれからも選ばれないし、だれを選ぶ権利もないんです、わたし!、この世に未練があるなら、親不孝者であることと、あいするわたしのだいすきなかぞくを置いて死ぬことかな、せまい世界のいっぱいに、それらが重く重くのしかかるんです。もう王子様なんて信じてない、ただ「しょうがないね」で許されるような、しにがみをぼうと待っているだけ。血の繋がらないだれかからせめて、必要とされてから死にたいと思う。

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