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恋は死

一途に焦がれることが尊く、いっとき足りともあたまから離れないそれが恋なのだとしたら、おれの想いびとは死という概念、それであろう。それは永いことおれは彼に焦がれ、触れないぎりぎりの所へ立って、姿かたちを両の目に認め、焼付け、一瞬でも目を逸らさないでいて、彩度の低いなまみの生を横目で見ている。偶にぱっとひかる生の世界での何かに目を眩まされ乍ら、然しておれが滔々と奥底に湛えているのは死の概念だ。際限の無い終わり、暗闇或いは無への底知れぬ恐怖、おれを産んだひとのなみだ、かかわりをもっただれかのこと、押し潰されそうなほどの恐怖と畏怖を裏返すみたいにみずからを殺す想像に欲情すらおぼえる。それは大切だとすこしでも思った人やもののなくなる様への尊大な恐怖心と、ならばみずからがいっとう先に死んでしまえばいいやという諦めであり、おれにとっては希望ですらある。終わりは怖い。しぬほど、こわい。ならば重りみたいに幾つも、幾つもこの目で見ずに済むように、先に終わればいい。幼いおれはそう思って、10数年、只管に死に焦がれている。ビルの屋上から地面を覗いても、首を括っても、それはまだ何処かぼんやり遠くに見えました。死への憧れ、おのれで生を終とする、碌でもなくどこまでも至高な酔狂、輪廻に中指を立てて、理なんてあったものではないぜと舌を出す。至高な酔狂。思考なんて大仰なものを持ってしまった人間にだけ許された、最低な道楽。人生は死によって完結するのであれば、ストーリーテラーである己で幕を引くことの何処が滑稽であろうか。散り際の花には誰も目もくれない、枯れた花はただのごみだ。それならいっとう美しく、最低で、最高なその時に死ぬのが美学だ。花の盛りはみじかくて、その時はもう見え始めている。いろいろなことがゆるされなくなること。いつまでもこどもでいること。みじめだとおもうことが増えること、それが、抱えきれないほど大きくなる前に、だ、歳を重ねたおれには、そのときが刻刻と近づいている。待ち望んでさえいた終わり、花の期限、なら、どうしてまだ椅子を蹴飛ばすのが怖いんだろう。

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ほろ酔い文学

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