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緑青の花が咲く

足音さえ心做しか重たかった。日は翳り、月に叢雲。薔薇は棘を秘めている。奇麗なものは儚くて、陰を宿している。大人びた背筋がそう語っていた。そうだ、その陰に惹かれて、馬鹿みたいに焦がれて、それが全てだと思った。全てだった。美しくなど、無くとも良かったのだ。正しく無くとも。「2人分の道が無くっても。」「それはさぞ」頼もしいこった。低い声が震えた気がして、次には水音に融けた。夏草がひたひたと凪ぐ。青緑の匂い。生の匂いだ。まるで皮肉みたいねと笑う。水はざあざあと鳴る。かき消すみたいだと思った。まるで最初から無かったみたいになんて、されてたまるものか。これは革命か、没落か、訊いたら何と云うのだろう。いのちを少し、吐き戻すように溜息を吐いた。貴方の世界になりたい。私の総てもって、私だけが貴方の世界になりたかった。わるい子供でいいの、慈しむような、憐れむような、視線の決して合わない眼が好きだった。その憂いを食べてしまいたかった。「僕らは地獄へ往くだろうね」。構いやしないわ。強いひとだと弱く嗤う貴方を見るのが、少しだけつらいと思った。「ねえ、」

引力。意志、声、いき、腕の温度、揃えた履物、雨音、水の音、ごうと鳴る音に、掻き消されないように。

6月の水辺には緑青の花が咲く。感情の全部を交ぜこぜにしたような、あおい錆の色だ。意地汚くも咲くその花を美しかったと貴方が云うのなら、何だってそれで良いのだ。次に息を吐いたときに見えるのがその色ならば、きっと幸せだったのだ。そう言い聞かせるみたいに白い花が舞った。ゆらり。ゆらり。幸せよ、私、きっと。体温が、いきが、解けても、こころだけはぱっと咲いて、

貴方の愛した、花のように。

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