見出し画像

珈琲と人生の伏線

 18の時、郷里から大学受験で大阪へ行ったついでに、音楽雑誌で見かける大きな楽器店へ行ってみることにした。その店のオリジナル商品であるギター用カスタマイズシールを買うつもりだった。

 スマホなどない時代で、予め雑誌で住所と地図を調べて行った。ところが店があるはずの場所にはオフィスビルがあるばかりで、楽器店らしきものは見当たらない。看板もないものだから、小一時間辺りをうろうろしたけれど一向見つからない。このままでは埒が開かない。ダメ元でオフィスビルに入ってみることにした。

「何だ君は?」と警備員に怒られるかとビクビクしながら入ったけれど、そんな人はおらず、代わりに珈琲の匂いがした。1階の広いスペースに喫茶店が入っていたのである。その時分にはまだ珈琲を飲む習慣がなかったから、いい匂いだと思っただけで素通りした。
 奥に進んでエスカレーターで上がったら、2階がまるごと楽器店だった。
 まさかこんなところにあるとは思わなかったから、大いにポカンとした。
広い店内を一通り回って、欲しかったシールと、ついでに安いストラップを買って出た。

 この時受けた大学に入ったから当該楽器店にはその後もちょくちょく行ったけれど、1階の喫茶店には卒業するまで一度も入らないままだった。
 卒業の数年後にまた大阪に住むようになり、それで初めてこの喫茶店へ入った。実に10年越しで、人生の伏線を一つ回収した気分だった。
 肝心の珈琲は、別段美味くも不味くもないようだった。

この記事が参加している募集

私のコーヒー時間

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。