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百卑呂シ随筆

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#なんのはなしですか

紫の雨

 十九の夏、スーパーマーケットの衣料品売場で紫の鼻緒が付いた畳の雪駄を見付けた。それが随分格好良く見えたので、買って帰って早速履き始めた。  畳敷きだから履き心地が良い。おまけに鼻緒が紫で凄味がある。これはいいものを買ったと大いに満足し、毎日履いた。  その時分には学生寮住まいで、寮内(屋内)ではスリッパを履いていた。  スリッパは実家から持って来たものだった。家から持って来たものをいつまでも身に着けるのは、何だか弱い気がするから、じきに寮内でもこの雪駄を履くことにした。  

クリアブルーの歯車

 まだ幼稚園に上がる前、海辺の雇用促進住宅に住んでいた頃に、母に連れられて何度か医者に通ったのを覚えている。何かの病気にかかったのか、怪我をしたのか、或いは予防接種だったのかも知れない。さすがにそれは覚えていない。  帰りにショッピングセンターへ寄ったら、おもちゃ売り場に大きなミクロマンが展示されていた。  ミクロマンは当時随分流行った玩具で、関節が可動式になった十センチほどの人形である。その店に飾られていたのは通常のミクロマンの倍ぐらいあったように思う。 「あ、大きいミク

BMW

 小学生の時、隣に先生が住んでいたことがある。  女性の先生で、石田ゆり子に似ていたように思うが、随分昔のことだからあんまり判然しない。担任ではなく、受け持ちの学年も違っていたから、関わることはなかった。ただ隣に住んでいただけである。  隣は元々別の人の家で、暫く貸家にしていたらしい。先生は一年か二年ぐらいでよそへ引っ越したようだった。  やっぱり近所に、高校の世界史の先生が住んでいた。この先生は年輩の男性で、昔からそこに住んでいた人である。  三年生の時、この先生から教わ

メロン

 娘を連れて帰省した際、山陽道のサービスエリアに立ち寄ったらアンデルセンの店があった。  アンデルセンは広島の大きなパン屋で、子供の頃に何度か連れて行ってもらったことがある。クリームパンが大いに美味かったように思う。  ちょうど昼時だったから、そこでパンを買うことにした。 「アンデルセンはね、クリームパンが美味しいのだよ」と娘に教えてやったけれど、娘はあんまり興味もない様子で、別のパンを指差す。 「サンライズって、何?」 「今風に云うとメロンパンだよ」 「じゃあこれにする」

時計と敵(かたき)

 二十年ばかり前、仕事の合間にホームセンターを覗いたら、青い文字盤の腕時計が目についた。サービスカウンターのガラスケースの中で、随分キラキラ光って見えた。それまで赤い文字盤のを使っていて、青いのもほしいと思っていたから余計に心を惹かれたのである。  一万円とちょっとで、別段高い時計ではない。ちょうど前日にパチンコで買っていたこともあって、その場で買った。  ストップウォッチの機能が付いたクロノグラフだった。その時分には工場向けの人材派遣会社に勤めていて、面接の際に簡単な作業の

フランスパン

 近頃は髪を切るのを千円カットで済ませてしまうけれど、若かった時分には美容室へ行っていた。  ある時、近所に新しい美容室ができていた。マンション一階のこじんまりとした店で、いつの間にオープンしたものか気付かずにいたのである。  店に入るとスタッフが三人おり、それぞれがいらっしゃいませと云ってきた。三人とも割と年輩の女性である。自分の他にお客はいなかった。  店主らしき人が椅子を指して「どうぞ」と云った。  切り始めて少し経ったところで、スタッフの一人が紅茶を持って来た。  

鳥の声

 今の家に住み始めて十年ほどになる。  最初は随分鳥の多い所だと感じた。雀のような小鳥ばかりでなく、白鷺も青鷺も雉もいる。  それから、何だか知らないけれど鷺より少し小さめで嘴が黄色いやつもいる。この鳥を妻と娘はキイバシと呼んでいるから、てっきりそういう名前の鳥だと思っていたが、それは勝手に付けた名前で、本当はケリというのだと、先日たまたまテレビで知った。  近頃はどうやらこのケリが近くの田圃に巣を作ったようで、番でいるのをよく見かける。鳴き声が存外うるさい。  去年、庭の

新宿に至る道

 小五の時に藤本の家で遊んでいたら、先方のお母さんがおやつにと、マクドナルドのポテトを買って来てくれた。  ちょうど、マクドナルドが近くに初めてできた頃である。それまでは広島市内の中心部にしかなくて、自分らのような田舎の子供はあんまり目にする機会もなかった。  藤本のお母さんは、その近くにできた店で買ったのだと云った。近くとは云っても隣町だったから、もうきっと冷めていたと思うのだけれど、この時は随分美味くて驚いた。  それが自分の初マクドナルドだった。  中学生になってから

キーホルダー

 大学時代、プーさんのキーホルダーを使っていた。もう判然しないが、どこかのホームセンターで売っていたのだと思う。  平らな板をプーさんの形に切り抜いたような案配で、長さが十センチ強あった。これだけ大きければ失くすことはない。キーホルダーとしての効能は十分である。のみならず、「何でプーさんなんだ」とか「でかっ」とか云われるネタ効果も期待できる。  良い買い物をしたと、大いに満足したのを覚えている。  外出する時は、それをジーパンの前ポケットに入れていた。  宮田の部屋で駄弁っ

蛇と魂

 中学校三年生の時、先生に云われて校庭の傍にあるバレーコートの草刈り・草むしりをやった。  バレー部でもないのにどうしてそんなことをさせられたか、もう判然しないけれど、三年生全員がどこかの掃除を割り当てられて、たまたま自分がバレーコートのグループに入ったものだったろうと思う。  数人でだらだらやっていたら、一人が突然「おわ!」と大声をした。 「蛇じゃ!」  見ると確かに蛇がいた。ちょうど草を刈ったところに潜んでいたらしい。 「おぉ!」 「蛇じゃ!」  蛇も驚いたようで、コー

剣、迷惑な友人

 小学校3年生の時、母と体育館の側を通ったら、開いた扉から剣道をやっているのが見えた。 「やってみたい」  全体、自分がどうしてそんなことを言ったものかは判然しない。恐らく竹刀で誰かを叩いてみたいというぐらいだったろう。剣道をやりたいとは全く思っていなかった。これははっきり覚えている。  数日後、母が町内の道場を見つけて来た。 「この前、やってみたいって言ってたでしょ。明日、学校の後で行ってみるよ」 「え」  その時分、母には津村さんというママ友がいた。   津村さんは大い

病、知識欲

 二十歳になって間もない頃、夜中に腹痛で目が覚めた。  もっとも、痛いには痛いが大したことはない。一度寝て起きたら治るだろうと思ってまた寝た。  するとじきに、また目が覚めた。今度は先刻よりも痛むようである。それから朝までうとうとしながら、痛みに耐えていた。  ちょうど日曜で、病院は休みである。どうしようと思ったら、学生寮の先輩が休日診療所の場所を教えてくれた。隣の駅近くだった。  では行ってきますと云って、体を「く」の字に曲げながら電車に乗って行った。もうこの時点では真っ直

煙草と苺ミルク

 パスタ屋勤務時代の最後に、川崎で新規オープンを担当した。  以前よそでオープンをやった際、隣の爺さんからの言い掛かりに近いような苦情で大いに困ったことがある。相手は建築関係の社長さんで、地元の有力者だったらしい。  よくよく調べてみると、オープン前にこの爺さんだけでなく近隣住民に対して何の挨拶もしていないとわかった。どうやらその辺りから面白くなかったのが、オープン後の苦情につながっていたらしい。挨拶ぐらいは本部のスタッフが当然やっているものと思っていたから大いに呆れたが、本

雨と靴、横浜

 働くことにようやく慣れた頃、休日に横浜駅前へ行ったら靴屋がオープンしていた。  冷やかしのつもりで入ってみると、リーガルのローファーが半額になっている。新規オープンセールなんだそうだ。リーガルが半額とは中々のものだと感心した。  自分は最初の配属先で西村さんから、折財布は使うな、時計のバンドとズボンのベルトと革靴は色を合わせろ、ブランドロゴのTシャツは着るな、革靴はローファーも持っておけと教わった。  西村さんは随分お洒落な人だったのである。  この時期にはその教えがまだ強