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BMW

 小学生の時、隣に先生が住んでいたことがある。
 女性の先生で、石田ゆり子に似ていたように思うが、随分昔のことだからあんまり判然しない。担任ではなく、受け持ちの学年も違っていたから、関わることはなかった。ただ隣に住んでいただけである。
 隣は元々別の人の家で、暫く貸家にしていたらしい。先生は一年か二年ぐらいでよそへ引っ越したようだった。

 やっぱり近所に、高校の世界史の先生が住んでいた。この先生は年輩の男性で、昔からそこに住んでいた人である。
 三年生の時、この先生から教わることになった。
「君、近所だね」とか言われるかと思ったが、そういうのはなく、淡々と授業をする人だった。
 こう云っては失礼だけれど、授業は全く面白くなかった。教科書の内容を板書して、それを読むばかりだったように思う。そんな授業なら、自分で教科書を読めば事足りる。
 つまらないので、板書している先生の後ろ頭を模写していたら、隣から加茂が覗いて噴き出した。
 そうして呆れたような調子で、
「お前、まじか、何を描きよんや」
「似とるじゃろ?」
「似とるけど……」
 そうしてまたじわじわ笑い、「何をしよるんや」と云った。
 加茂があんまり喜んだものだから、こちらも気分が良くなった。それで授業の後、背面黒板に同じ絵を描いてやった。これもまた上手く描けたけれど、その割に、どういうわけか誰も何の反応も示さない。ただ加茂が一人で笑いながら崩折れたばかりである。何だか損をしたような心持ちだった。
 ある時、提出物が間に合わなくて、先生の家へ直接家へ持って行った。先生は何だか驚いた顔をしていた。事によると、近所に住んでいると知らなかったのかも知れない。

 この先生の家は、建て替えられて新しくなった。先生がまだご健在かは知らないが、表札は同じのが架かっている。
 駐車スペースにBMWが置いてあるのを、自分は帰省するたびに物欲しそうな目をして眺めている。
 

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