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メロン

 娘を連れて帰省した際、山陽道のサービスエリアに立ち寄ったらアンデルセンの店があった。
 アンデルセンは広島の大きなパン屋で、子供の頃に何度か連れて行ってもらったことがある。クリームパンが大いに美味かったように思う。
 ちょうど昼時だったから、そこでパンを買うことにした。

「アンデルセンはね、クリームパンが美味しいのだよ」と娘に教えてやったけれど、娘はあんまり興味もない様子で、別のパンを指差す。
「サンライズって、何?」
「今風に云うとメロンパンだよ」
「じゃあこれにする」
「クリームパンは、いいのか?」
「いい」
「そうか」
 何だか残念な心持ちがしたけれど、当人がいらないものを無理に食わせる法はない。クリームパンは自分のだけにしておいた。

 母は昔、メロンパンをサンライズと呼んでいた。親がそう言うから自分も子供の頃にはサンライズと云った。
 サンライズは表面がサクッとしたタイプのことで、しっとりしたのはメロンパンと云ったようにも思う。ただしそれは袋にメロンパンと書かれていたからで、あくまで特定の商品名として云っていたのである。
 聞いたところでは、広島でサンライズという呼び名が広まったのはアンデルセンの影響らしい。
 サンライズをメロンパンと言い換えたのがいつだったかはもうあんまり判然しないけれど、おおよそ小学校の高学年か、中学辺りだったように思う。「メロンパン」と云う自分が、都会の文化に染まったような、洗練されたような心持ちがしたのだけは覚えている。

 買ったクリームパンを車内で食べたら、思っていたのと違うようだった。不味いわけではもちろんない。けれど、自分の記憶の味とは何だか系統が違っている。
 よくよく考えたら、昔感動したのはリトル・マーメイドのクリームパンだった。
 アンデルセンはアンデルセンだが、リトル・マーメイドはタカキベーカリーである。別の会社だったのだと、この時漸く気が付いた。



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