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クリアブルーの歯車

 まだ幼稚園に上がる前、海辺の雇用促進住宅に住んでいた頃に、母に連れられて何度か医者に通ったのを覚えている。何かの病気にかかったのか、怪我をしたのか、或いは予防接種だったのかも知れない。さすがにそれは覚えていない。

 帰りにショッピングセンターへ寄ったら、おもちゃ売り場に大きなミクロマンが展示されていた。
 ミクロマンは当時随分流行った玩具で、関節が可動式になった十センチほどの人形である。その店に飾られていたのは通常のミクロマンの倍ぐらいあったように思う。
「あ、大きいミクロマンがある!」
「あれ欲しい?」
「うん」
「お医者さんのところにあと三回行ったら買ってあげる」
 自分は医者のところへ行くのは別段嫌ではなかったから、あと三回行って買ってくれるのならありがたい。それで「やった!」と思ったきりである。 

 それから三回医者に診てもらい、もう大丈夫ということになった。
「よく頑張ったから、ミクロマンを買いに行こう」と母が言った。
 自分は母と手を繋いで、いつものショッピングセンターへ行った。
 ところが実際に買ってもらえるとなったら、何だかミクロマンはどうでも良くなった。
 それよりも、手近な棚に置いてある穴の開いた定規みたいなのが欲しくなった。
「こっちが欲しい」
「え、それでいいの?」
「うん」
「本当にいいの?」
「うん」
 結局その定規みたいなのを買ってもらって帰った。
 晩になって父が帰宅すると、母が「あれがいいんですって」と、笑いながら話した。
「へぇ。それが良かったのか」と父も笑った。

 小さな穴が開いた歯車みたいなパーツと、四角い定規みたいなのがセットになっていて、歯車の穴に鉛筆の先を引っ掛けてぐりぐりやると、何だか模様が描けるというものだったらしい。果たしてすぐに飽きた。
 全体、どうしてあんなものが欲しくなったのか、もう判然しないけれど、クリアブルーできれいに見えたのを覚えている。

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