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百卑呂シ随筆

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#フードエッセイ

依代、人生の伏線

 昔テレビで流れていたオリエンタルマースカレーのCMで、最後に「ハヤシもあるでよぉ」と言うのが何だか面白く、「〜でよぉ」が幼稚園で流行った。広島の幼稚園で、みんな、名古屋弁と知らないまま真似をしていた。  最初に使い出したのは為末君だったと思う。ゴレンジャーごっこか何かをしていて、「まだ(悪者が)おったでよぉ!」と言ったのである。  それの何が面白いのだか、今はまるでわからないけれど、その時には随分可笑しくて、全員転げ回ってゲラゲラ笑った。涎を垂らして笑う者までいたように思う

てりやき、憤怒

 てりやきマックバーガーを初めて食べたのは高校生だった時で、あんまりピンと来なかった。  美味いには美味いが、ハンバーガーを食べている気がしない。おまけにパンの間でハンバーグがズルズル滑って食べにくい。仕舞いに、口の周りと両手がベタベタになった。  多少美味くたって、こんなに食べにくくては割が合わない。もう二度とオーダーしないことに決めた。  けれどもどうやら世間では評判が良かったようで、最初は期間限定メニューだったのが、じきに定番メニューとして復活してきた。  その時分に

新宿に至る道

 小五の時に藤本の家で遊んでいたら、先方のお母さんがおやつにと、マクドナルドのポテトを買って来てくれた。  ちょうど、マクドナルドが近くに初めてできた頃である。それまでは広島市内の中心部にしかなくて、自分らのような田舎の子供はあんまり目にする機会もなかった。  藤本のお母さんは、その近くにできた店で買ったのだと云った。近くとは云っても隣町だったから、もうきっと冷めていたと思うのだけれど、この時は随分美味くて驚いた。  それが自分の初マクドナルドだった。  中学生になってから

親子丼、寿司、ギリギリ

 ある時、ビリヤード仲間の小川さんが鶏を食いに行こうと誘ってきた。 「鶏? 何で鶏なんだね?」 「美味い店があるからに決まっているじゃぁないか」 「そんなに美味いのかい?」 「美味いさ」 「じゃぁ行こう」  当日行ってみると、他にもビリヤード仲間が都合十人ぐらい揃っている。恐らく全員、何を食っても「美味い!」と言うようなタイプである。  全体、鶏を食うのにどうしてこんなメンバーを集めたものか判然しない。ことによると、鶏を食ったらビリヤードが上手くなるのかも知れないと思ったが、

後悔

 近頃、社内の別オフィス間を行ったり来たりが多い。  先日も朝はAオフィスへ出社して、じきにトミーとBオフィスへ移動した。車で小一時間かかる距離なので、どうも時間が勿体ないが、どちらへも用事があるのだからしようがない。  運転しながらトミーが「百さん、昼、ちょっと早めにラーメン食って行きませんか?」と言った。時計を見ると11時過ぎである。 「昨日の店、リベンジしたいんですよ。この時間だったらまだ並んでないと思うんで」  前日にも移動中にラーメン屋へ寄ったのだけれど、随分な行

レシピ

 十九の時、学生寮の中を宮内と二人でギターを提げて、『笑点』のテーマを演奏して回った。まずは食堂で流し、誰もいなければ誰かの部屋まで押しかけて演奏した。ズボンの裾を捲って風呂まで入って行ったこともあるが、これは先輩に怒られたから止した。  ひとしきり回った後は、食堂の自販機でカップヌードルを買って食った。  ある時、先に買おうとすると「俺はシーフードにするからお前はカレーにしろ」と宮内が言ってきた。普通のカップヌードルが売り切れていて、シーフードまでが切れるのを恐れたらしい。

麺と疑惑

 大学入学で大阪へ移住して以来、モダン焼きばかり食っていたら、段々「そば肉玉」というのも実は別の名前があるのにこっちが勝手にそう云っていたのを、店の人が意を汲んで対応してくれていたのではないか知らと思えてきた。  段々不安になったから、夏休みに帰省した際に、高校時代に行っていた店へ入って確かめることにした。  高架下に一軒ぽつんと建っている店で、何だか薄暗い。店内はカウンター席が数席あるきりで、おばちゃんが一人で焼いている。そんな店である。  高校の近くではあるのだけれど、近

そば肉玉とモダン焼き

 大学に入って間もない頃、授業の合間に昼食を取ろうと思ったら、学食はもちろん、学校近くの店がどこも混んでいるのに随分辟易した。  混んでない店を探して歩いていたら、だんだん学校から離れて、最寄駅の反対側まで行ったらようやく人通りがなくなった。線路沿いに歩いて、煙草屋と古本屋を通り過ぎ、突き当たりにお好み焼き屋があったからそこへ入ることにした。  引き戸を開けたらおばちゃんが2人、鉄板の向こうから「いらっしゃい」と言った。昔のことだからもう判然しないけれど、おばちゃんといって

ラーメン横綱、仮面ライダー

 妻が友人とコンサートに行っているから、晩は外で食べて帰るつもりで、何を食おうかと運転しながら考えた。  最初にフードコートが浮かんだけれど、これから行ってもすぐに蛍の光が流れてきそうだ。閉店を気にしながら食事したってつまらない。  昔勤めていたパスタ屋が隣町にできたらしいから行ってみようかと思ったが、金曜の晩におっさんが一人でパスタ屋に入るのも違和感がある。  それで結局、ラーメン横綱に決めた。  横綱は味も好きだし、店の感じも好きだ。看板も店内も無闇に明るくて、70年代の

流派、人の欲

 先日仕事の都合で、これまであんまり馴染みのなかった街に一泊した。 ※  昔、やはり仕事で仙台に泊まった時は晩に牛タンを食べに出た。  店に入ってカウンター席に座ったら、  おかみさんが「昨日も今日も、ありがとうねぇ」と言ってきた。 「今日初めて来たんだけど……」 「えっ」  カウンターの中から大将が「昨日の人とは違うよ。こちらさんの方が男前だよ」と言った。  おかみさんは「あら、本当ね」と言ったけれど、何だか実感は籠もってないようだった。  そうして、どこから来たか

裏路地、薄暗い店、昭和の刑事ドラマ

 昔、もうじき大学受験という頃に母が、今日は塾の帰りにどこかでご飯を食べて帰って来なさいとお金をくれたことがあった。  塾は広島駅前だったから、食べる店は周辺にいくらもある。どこにしようかと思っていたらカレー屋の看板が目に入った。  この看板は前々から見ているが、店がどこにあるのかわからない。この際それを突き止めてやろうと決めて看板の示す通りに進んだら狭い路地の奥にあった。これではわからないはずだ。 『笑ゥせぇるすまん』に出てきそうな感じの店で、高校生が一人で入るにはちょっ

過去に会う

 ある時、義父母と一緒に『わくわくハウス(仮)』という店で食事をした。  随分古い店で、何だか少し薄暗かった。客席が数席と、その奥に座敷がある。座敷は二席か三席だったように思う。  あんまり愛想があるとはいえないおばさんが一人で切り盛りしていて、一品の量がやたら多かった。  近くに大学があるから、きっと何十年もそこの学生相手にずっとやってきた店だろう。自分の通った大学の近くにもこんな店はあったから、初めて来たのに何だか懐かしい気がした。  以来、妻子不在の折などに時々一人で行

羊羹の道

 何の弾みでそうなったものか覚えていないけれど、コンビニで売っている100円ぐらいの羊羹に、一時期随分ハマった。  朝、出勤途中にコンビニへ寄ったら珈琲と一緒に買ってしまい――珈琲と羊羹は存外相性が良い――、仕事帰りには「今日は大いに頑張ったから自分にご褒美だ」とか「今日はあんまりしっくり来なかったから、明日からの仕切り直しに」とか、都合のいい理由をつけては食っていたものだから、随分太って、昨年の健康診断でメタボ認定を受けた――それからダイエットした――。  今はもうコンビ

土曜日のカレー、新喜劇からの惨劇

 28の時、パスタ屋の店長を辞めて人材派遣屋の営業職に就いた。  最初に配属された営業所は大阪の北の方で、駅前のビルに入っていた。ビルの1階に飲食店がいくつかあったから配属後しばらくはそこで昼ごはんを食べていた。  1階にはカレー屋とうどん屋と洋食屋があって、カレー屋に入ったら、店を出る時はいつも上司のヒル氏が汗だくだったのを覚えている。 「俺、辛いもの食うとこうなるんだよ」と言われて、別段興味もないから「大変ですね」と言っておいた。 ※  基本は土日祝休みだったが、応募