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百卑呂シ随筆

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2024年5月の記事一覧

新宿に至る道

 小五の時に藤本の家で遊んでいたら、先方のお母さんがおやつにと、マクドナルドのポテトを買って来てくれた。  ちょうど、マクドナルドが近くに初めてできた頃である。それまでは広島市内の中心部にしかなくて、自分らのような田舎の子供はあんまり目にする機会もなかった。  藤本のお母さんは、その近くにできた店で買ったのだと云った。近くとは云っても隣町だったから、もうきっと冷めていたと思うのだけれど、この時は随分美味くて驚いた。  それが自分の初マクドナルドだった。  中学生になってから

キーホルダー

 大学時代、プーさんのキーホルダーを使っていた。もう判然しないが、どこかのホームセンターで売っていたのだと思う。  平らな板をプーさんの形に切り抜いたような案配で、長さが十センチ強あった。これだけ大きければ失くすことはない。キーホルダーとしての効能は十分である。のみならず、「何でプーさんなんだ」とか「でかっ」とか云われるネタ効果も期待できる。  良い買い物をしたと、大いに満足したのを覚えている。  外出する時は、それをジーパンの前ポケットに入れていた。  宮田の部屋で駄弁っ

夕空とUFO

 幼稚園に行っていた頃のこと。  ある夕方、家の前で遊んでいたら、小佐田君が不意に空を指して「あれ、何じゃろ?」と言った。  見ると、西の山の上に細長い物が浮いている。 「何じゃろうねぇ?」 「UFOかも知れん」  そうして暫く眺めた後、小佐田君は「……わし、もう帰るわ」と、走って帰った。  自分も怖くなって家に入った。  五時になると「良い子はお家へ帰りましょう」と放送が流れるのだけれど、それより前に帰ったものだから、母が意外そうな顔をした。 「小佐田君は帰ったの? ケン

飛龍在天、廃屋

 郷里の広島で中学生だった頃、いつも窓を開け放している家が通学路にあった。昔ながらの家屋で、壁に「飛龍在天」という書が掛けてあった。  飛龍在天とは格好がいい。きっと元は武家だろうと思っていたが、実際どうかはわからない。  飛龍在天から百メートルほどの所に、空き家があった。建物も庭も荒れ放題で、何だか気味が悪かった。  板壁の建物が通りに面した位置にあって、敷地の奥には別の建物がある。手前の方は元は店舗だったのかも知れない。  その建物の入口の上の板に、会社名と住所と電話番

鬼になって、父が黙る

 大学時代に何かの折で叔父の所を訪ねたら、叔母と小さな子供が玄関に出て来た。 「あらこんばんは。お久し振り」と叔母は言ったけれど、子供の方は自分の顔を見るなり奥へ走って逃げた。  入れ替わりに叔父が笑いながら出て来た。 「やぁ久し振り。ごめんね、ついさっきまで、娘が駄々をこねるものだから、そんな様子だとナマハゲが懲らしめに来るよって、脅かしてたんだよ」 「ナマハゲ?」 「そうしたら、ちょうど髪の長い人が来たから、ナマハゲだと思って逃げたんだ」  叔父はいかにも面白そうに笑った

蛇と魂

 中学校三年生の時、先生に云われて校庭の傍にあるバレーコートの草刈り・草むしりをやった。  バレー部でもないのにどうしてそんなことをさせられたか、もう判然しないけれど、三年生全員がどこかの掃除を割り当てられて、たまたま自分がバレーコートのグループに入ったものだったろうと思う。  数人でだらだらやっていたら、一人が突然「おわ!」と大声をした。 「蛇じゃ!」  見ると確かに蛇がいた。ちょうど草を刈ったところに潜んでいたらしい。 「おぉ!」 「蛇じゃ!」  蛇も驚いたようで、コー

親子丼、寿司、ギリギリ

 ある時、ビリヤード仲間の小川さんが鶏を食いに行こうと誘ってきた。 「鶏? 何で鶏なんだね?」 「美味い店があるからに決まっているじゃぁないか」 「そんなに美味いのかい?」 「美味いさ」 「じゃぁ行こう」  当日行ってみると、他にもビリヤード仲間が都合十人ぐらい揃っている。恐らく全員、何を食っても「美味い!」と言うようなタイプである。  全体、鶏を食うのにどうしてこんなメンバーを集めたものか判然しない。ことによると、鶏を食ったらビリヤードが上手くなるのかも知れないと思ったが、

インチキと進退

 ↑この続き。  小三で剣道を習い始めたけれど、一向面白みを感じない。むしろやりたくない。それでもやらなければ怒られるので渋々続けていたら、じきに道場がインチキだとわかった。  同じ道場の川崎が家で練習しているのを親父さんが見て、よほど呆れたのだそうだ。 「川崎さんのお父さんが、『見たこともないやり方だ、野武士の流派だ』って言ったんだって」と母が言う。 「剣道に流派があるんかいね?」 「知らないけど、川崎さんも剣道やってたそうよ」  インチキだったらやってもしようがない。

剣、迷惑な友人

 小学校3年生の時、母と体育館の側を通ったら、開いた扉から剣道をやっているのが見えた。 「やってみたい」  全体、自分がどうしてそんなことを言ったものかは判然しない。恐らく竹刀で誰かを叩いてみたいというぐらいだったろう。剣道をやりたいとは全く思っていなかった。これははっきり覚えている。  数日後、母が町内の道場を見つけて来た。 「この前、やってみたいって言ってたでしょ。明日、学校の後で行ってみるよ」 「え」  その時分、母には津村さんというママ友がいた。   津村さんは大い

金魚と死

 小学生の時分、上野のところで一度金魚を買った。上野の家は観賞魚店だったのである。  赤い和金を買った。水槽からすくう際、上野が誤って一匹を排水パイプに落とした。 「あいつ、どこに行くん?」 「さぁ?」  落ちた金魚がこれからどうなるのか、考えたら、何だか怖くなった。  買った金魚は小さな水槽に入れておいたが、じきに死んだ。庭の池に放してやればよかったのに、窮屈なところに閉じ込めて悪かったと思う。  十年ばかり前、商店街の祭りで金魚すくいをやったら随分捕れた。妻と二人で二

禁煙の方法

 先日、スーパー銭湯のカウンターでセブンスターが六百円で売られているのを見て、随分驚いた。こんな値段では、貴族でなければ喫煙なんてできるものではないだろう。  二十歳で胃を悪くして、暫く酒と煙草と胃に負担のかかる食べ物を禁止されたことがある。その後、酒と食事はじきに解禁されたけれど、煙草だけはずっと禁じられたままだった。  それから一年ちょっと経過して、自動車教習所へ通うことになった。  最初に申し込みに行くと、早すぎて担当者がいないから一時間後に来るようにと受付の女子が云

病、責任

 二十歳の五月、土曜の夜中に腹痛が随分ひどくなり、翌日、体を「く」の字に曲げながら休日診療所へ行った。  出された痛み止めの薬を飲んだらすぅっと痛みが引いたけれど、「胃潰瘍かも知れない。明日になったらきっと内科で検査を受けてください」と医師から言われた。  そんな大仰な病名を言われると、不安になっていけない。事によると入院することになるんじゃないか知ら。明日は午後から学校内でライブに出ることになっているから、甚だ気がかりだ。  それで医療センターから帰ってすぐ、バンドリーダー

蛙おばさん

 家の周りに田圃が多いから、近頃は夜寝ようとすると、外から蛙の声が随分聞こえる。  蛙という生き物は気持ち悪くて好きじゃないが、夏の夜に蛙の合唱を聞くのは好きだ。郷里の家も寝る時には賑やかに聞こえていたから、何だか幼い頃に戻ったような不思議な心持ちになる。そうして人生の最後についてぼんやりと思いを巡らせる。  気付いたら子供に戻っていて、日が暮れるまで外で長田や飯田やヨシコさんと遊び、晩ごはんの後で風呂に入り、両親が隣の部屋で話しているのを聞きながら、眠りに落ちる。窓の外から

後悔

 近頃、社内の別オフィス間を行ったり来たりが多い。  先日も朝はAオフィスへ出社して、じきにトミーとBオフィスへ移動した。車で小一時間かかる距離なので、どうも時間が勿体ないが、どちらへも用事があるのだからしようがない。  運転しながらトミーが「百さん、昼、ちょっと早めにラーメン食って行きませんか?」と言った。時計を見ると11時過ぎである。 「昨日の店、リベンジしたいんですよ。この時間だったらまだ並んでないと思うんで」  前日にも移動中にラーメン屋へ寄ったのだけれど、随分な行