インチキと進退
↑この続き。
小三で剣道を習い始めたけれど、一向面白みを感じない。むしろやりたくない。それでもやらなければ怒られるので渋々続けていたら、じきに道場がインチキだとわかった。
同じ道場の川崎が家で練習しているのを親父さんが見て、よほど呆れたのだそうだ。
「川崎さんのお父さんが、『見たこともないやり方だ、野武士の流派だ』って言ったんだって」と母が言う。
「剣道に流派があるんかいね?」
「知らないけど、川崎さんも剣道やってたそうよ」
インチキだったらやってもしようがない。これでやめられるだろうと内心喜んでいたら、津村と川崎と一緒に別の道場へ移ることになって、甚だがっかりした。
もうやめたいと訴えてみたけれど、一度始めたことを途中でやめるのは駄目だと却下された。
新しい道場へ移ってみると、確かにそれまで教わったのとは随分勝手が違っていた。
例えば、元の道場では竹刀を構える前に大きく右手を回して柄へやっていたが、移った先ではそんな無駄なことはしない。
そもそも元の道場主は連盟にも入っていないとわかり、それでやっぱりインチキということに落ち着いた。
もっとも、自分にとっては剣道そのものが嫌なので、インチキかどうかはどうでもよかった。
新しい道場でもずっと、やめたいばかりで一向やる気にならなかったが、ある時試合に出ることになった。
父も母も随分喜んだ。ただの人数合わせだと説明しても、それにしたって目をかけてもらえたのだと云って頻りにありがたがる。
自分にしてみれば、試合なんて面倒なばかりである。何がそんなにありがたいのだか、ちっともわからなかった。
試合の当日、会場へ行ってみると、大きな紙にあみだクジみたいなのが書いて貼ってあった。あみだの下には自分の名前も書いてある。自分が出たのはトーナメント戦だった。
どうもこれは按配が悪いと思った。
何かの間違いで下手に勝ってしまったら、試合数が増えてますます面倒だ。けれども、わざと負けて「貴様、わざと負けたろう?」と怒られてもつまらない。
そのうちに自分の番が回ってきて、どっちつかずのまま闇雲に粘っていたら、じきに負けた。
観ていた父は、「なかなか勝負がつかなかったんだよ」と母に言った。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。