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耳にした。

また一人。

遠退いていく背中の気配。

指先で頼りない背中をなぞる。

思い返せば、あの背中が物言わずないているようにも思えて、落ち着かない気分になる。



違う手段を、と話していた。

「ごめんなさい」と頭が下がるけれど、その言葉が必要なのは、果たして?どうにも気持ち良く喉から力が抜けない。
違っているのは自分か、それとも?
止めることもできなければ背中を押すこともできず、決まり文句のように「ありがとう」「次も頑張って」と月並みの言葉が口から出てくる。
よく聞く世間話のようではないか。


そうだ、バランスの話だ。

あの人もこの人その人も、誰もが揃いも揃って、いつだって何かに耐えながら、もっと良くなっていけるキッカケをじっと求めている。待っている。

私達、その兆しを。


「待っているだけじゃダメだ」

ウゴカナイト

「恐くても声をあげなければ」

キヅカレヤシナイ

「だからお前は」

「"自分"なんて"自分"なんて」

ヒトリキリスクエモシナイデ、
イッタイナニガカエラレルッテ?


そうだ。ありふれた言葉が過ぎる。
そうだ。よく知っている。
そうさ、それが唯一の手段なんだということも。


"待っていたのに、待っていたのに。"


誰かの身に、心に、知らず知らずの内に"ヒビ"が入り込んでいく。

私達は、本当はそれに気付いているけれど、割れてはヒビが入るその細い隙間に、応急処置のように塩を塗り付ける。 そもそもが塩ではなく、薬が必要であるのだけれど。傷に塩だなんて痛みが過ぎるだろうに、それでも「何もないよりはマシだろう」と騙し合いながら、愚かな私達は、無力な私達は。そうして時には砂糖まで塗り込もうとする。無闇矢鱈使うには役不足なのだとわかりきらないまま。

その内、蟻共が此処を嗅ぎ付けるだろう。餌があると嗅ぎ付けて、どこからともなく現れる。

食い潰されるぞ、跡形もなく食い潰される。


必要なのは、薬だ。そして時間だ。塩は清めとして、散らばす為に。散らしてそうしてあらゆるところへ潜めて、鎮めるんだ。言われなくてもそんなことは、本当は分かっているんだ。

"あと少し、あと少し。"

一日、一週間、一ヶ月、半年、一年。
あと何年?

弥次郎兵衛、シーソー、綱渡り、天秤。

頭の中では。ぐらぐらぎしぎし、音で以って知らせようと。

傾いた片方は。そうだ、取り返さなきゃ。


均衡を保たなくちゃ。崩れたら、何処かにヒビが入る。いつだって何か犠牲になってからでないと、変わるキッカケが炙り出されない。誰か一声、耐え切れなくなって泣いてからじゃないと変わらない。

均衡を保たなくちゃ。全部崩れてしまう。せめて保っていなくちゃ。せめて、せめて、せめて、せめて。

狭い部屋で反響する言葉。

その内、指に力が入らなくなって、

その内、喉がぎゅっと詰まったように、

そうして、なんだか指先が痺れていって、


最後は。


"だいじょうぶ"

とある音を、よく覚えている。

仰向けに寝転がって、薄眼を開いたその先で、目を痛ませるほどの光が見下ろしているのも。

あんなもの、あんなこと。

抑え込む為には相応の薬が必要だ。
バランスの取り方を模索している。
ニュース、呟き、新聞、風の噂。


虫の知らせ。


最後の手段に手を出した人はどれくらいいることだろう。
知る由もない埋もれた薄暗い話。
良くも悪くも、今は随分風通しが良くなった。
やるせない話ばかり、あちらこちらに転がっているのを見聞きする。
少し何かが違っていれば、ヒビが入っていたのは"誰"かもしれない?
本当は、"そんなつもり"じゃなくって、保とうとしていただけだった。

最初は。
はじまりとは。
記憶にないだなんて言わせない。
いつかの呪われた洗脳じみたこと、口走るばかりで嫌気が差す。
どうして気付かないの、どうして受け入れたままでいるの、頭がおかしいのは、本当は?


とんだ笑い話だ。


例えばあの時、もっと荒々しい声で否定されていれば。
例えばあの時、あとほんの少し真っ向から受け止めていれば。
例えばあの時、あとほんの少しどこか痛ければ。
例えばあの時、もっと舐め回すように追求されていたとしたら。

少し何かが違っていれば、ヒビが入っていたのは自分だったのかもしれない。

そんなことすべて受け止めていたら、到底楽に息などかないはしない。
もっと上手く、もっと良く。
そんな風に思うことは。
藁をも掴む思いだ。


綺麗事かもしれなくても、何にも誰も悪にならないところが欲しいあるはずだって思っていたい。

誰一人口を開かなくなれば、それこそだ。おしまいだ。一人一人のじっと耐えている気持ちまで容易に握り潰すつもりか。
懲りないで、お願いだ。あとどれほどの願い事を重ねて、あれをそれを結んでいればそれは。真意など伝わらないままでも良いんだ、貴方がその気配を受け止めてくれさえすれば。その貴方が、貴方以外にあと1人、あともう1人、続いてもう1人。そうして増えればきっと、きっと。
そうやっていつか。


もう"かなわない"夢の一つを話そうか?
その前に何が必要だ?

けして見誤るな、けして見誤るなよ。

その内すべて、還ってくるぞ。

もっと懲りずに、胸焼けする綺麗事を唱えていて欲しい。心の底の底の方で縋るものの正体、心の底の底の方で、途絶えないままで息づく気配。



何度でも尋ねる。

私はあなたの目を見て。

懲りずに目線を逸らさず向い合うがいい。



"ホントウ ハ モウ キヅイテイル クセ ニ"



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(20XX/04/20)

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