moh

猫と美味しいものと音楽と写真が好きです。 時々歌ったりしてます。 https://…

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猫と美味しいものと音楽と写真が好きです。 時々歌ったりしてます。 https://www.youtube.com/channel/UCGW3k4ucs_P3nQGw1aw1nOg/videos

最近の記事

思惑

私はたまに取り憑かれる。 一つの事柄や想いに。ある人への気持ちに。一度私の心臓から出て、湾曲し、また突き刺さる矢のような自分への嫌悪感などに。これを取り払うのはなかなか難しいもので、必要なのはまた次の思想が頭を支配するまでの時間だ。それまでは忌まわしいハエのように私の頭の周りをぶんぶん飛び回る。 カチコチ、チクタク。 メトロノームでの練習は嫌いだった。私のバイオリンの教え子もとても嫌がる。時間を刻むようなその音は誰しもにいくぶんかは与えられている形のないそれを音で手ざわ

    • 頭の中の主張たち

      金曜日、素晴らしいコンサートを鑑賞しながら最低賃金を稼ぐという楽しい想いをしたのと引き換えに喉の痛みが引かない。 唾を飲み込むたびに喉の奥で小さい子が「痛っ!」と叫んでる。小さい子は赤い頭巾をかぶっている。 話す時、歌う時ですら全く問題ないのだが、唾を飲み込むたびに「痛っ!」と叫ぶ。小さい子は主張が激しい。 こんなにもこの器官は使っていたのだな、と言葉通り痛感している。 あの煌びやかなおじさまとおばさま達の中に変な風邪を持ってきた人が居るのだろうか。舞台の上でめちゃくちゃに弾

      • いちごの季節

        夏は開店したその時から音楽フェスティバルが次々と開催され、フリーマーケットからピクニックから、お祭りというお祭りが続き、飴の周りに集まるアリのように、太陽の光にわーっと人々が顔と肩と足を出し、肌を焦がしていく。 スカートは太ももの間でペタペタとくっつき、日陰を探しながら若い身体はぴったりと寄り添い互いの汗を手の中で握りしめている。 熱いねぇなんて言いながらボリュームをフルにあげて手足を投げ出し、踊り出すK-POP軍団を眺めた。 いちごをお土産に友人に会いにいく。 電車の中のク

        • ふつうに

          死にたいと思う気持ちはふつうらしい。 「たまに支配されるんです。その言葉に。意味はないんですけど。気がついたらスマホのノートにそんなことばかり書いていたりして。」 「アクションを起こしましたか?」 「アクションですか?」 「例えば、方法をインターネットで調べたりとか。」 「それはしてません。言葉だけなんです。」 「では、それは心配しなくて大丈夫です。誰でもあることですから。気を付けなくてはいけないのは、その方法を本気で考え始め、用意を始めた時です。」 先生を観察すると、人

          依頼人と現代敬語

          「では、今回はこちらのプランで実行させて頂きますね。今から10分後、19時からでお時間はよろしかったでしたでしょうか。」 「はい、よろしくお願い致します。」 「ちなみに、当社のサービスはどちらでお知りになられましたかでしょうか?」 「友人から話を聞かせて頂きまして、そこから自身で調べさせて頂きまして、そこからご依頼させて頂いたという形です。」 「そうでしたか。それはどうもありがとうございます。では、只今から実行をさせて頂きたいと思っております。ご準備の方をよろしくお願い致しま

          依頼人と現代敬語

          我慢と人

          我慢するというのはどういうことだろう。頭を空にして書き始めようと思ったら、そんなことを考えていたようだ。 「我慢 語源」と調べてみる。 さっと記事を読んでみる。 七慢とは 慢 過慢 慢過満 増上慢 我慢 卑慢 邪慢 からなる。 なんだこれ。めちゃくちゃ面白い・・。 私が、なぜ、「我慢」という言葉を選んだかというと、最近少し頭を離れない思考の雲があったからだ。 それは、「自分を殺す」と「思いやり」の狭間に「我慢」があり、俗に言う人間関係の中では、そのスペクトルを振り

          我慢と人

          メガネ

          メガネが行方不明になって3日目の昼。メガネをかけない習慣がつきそうだ。古い、形の悪いメガネをかけながら家で生活をしていると、見えていればなんでもいいや、という気になるし、かけていなくても左目だけで事足りてしまう。 たまに思い出したように左目をつむり、右目で見てみるとふわっと視界がぼやけるので思い出す。あれ。メガネ。どこやったっけなあ。 メガネを無くして5日。メガネという概念すらだんだんわからなくなってくる。目が根?メカね?ムカデ?いやいやそれは遠ざかりすぎてる。面白くもな

          メガネ

          コロナ

          モワモワする意識の中で、考えるのを辞めてみよう、と薄い決意を固める。 ぼーっと、写真アプリとも違った媒体になったインスタの動画を無限にスクロールする。可愛い女の子が金髪の母親と自分を交互に写し、小さく演技をする。ボートに乗った男女の一人が転げ落ちそうになり、全員が息を呑む。悪戯だ。賢いネコが飼い主のベッドメイキングをしている。 永遠と続く誰かの面白い日常と完璧に作った表情や恋愛を秒数に納め、それをただただ眺めている。 馬鹿らしい。 そう気付いたときには時計はもう1時40

          コロナ

          言葉

          人を知る。人と人の繋がりを知る。集団の中の人を知る。 「言葉を交わす」と言う。交差させる言葉が会話になる。 言葉が葉っぱならば、文章は枝だ。枝分かれして、どんどん会話に花を咲かせ、元々何の話をしていたかわからなくなる。 「あれ?なんの話をしていたっけ?」とふと枝をつたい、幹に戻る。 「ああ、そうだあれだあれだ。」 そして記憶を手繰り寄せて、根本に戻る。脳の奥底に沈む秩序のない言葉たちが考えると同時にまた文章になり、それが紡がれていく。 人を知る。 私は考える。どう

          言葉

          こんにちは。

          こんにちは。午後もがんばりましょう。 薄い文字で前書きがされている。 こんにちは。午後もがんばりましょう。 ネットに登録すればいくらでも新しく作り直せる世の中で、一つのキャラクターを選んで突き通したがるのはやはり人のエゴや自己顕示欲なのかもしれない。 普通に、「自分として」頑張りたいから、名前を売る為にそこから離れないのも普通だ。 私は以前違う名前でnote記事を書いていたことがある。誰かの為ではなく、自分の欲求を満たす為のものであった。 丁度、コロナが始まった時期

          こんにちは。