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頭の中の主張たち

金曜日、素晴らしいコンサートを鑑賞しながら最低賃金を稼ぐという楽しい想いをしたのと引き換えに喉の痛みが引かない。
唾を飲み込むたびに喉の奥で小さい子が「痛っ!」と叫んでる。小さい子は赤い頭巾をかぶっている。
話す時、歌う時ですら全く問題ないのだが、唾を飲み込むたびに「痛っ!」と叫ぶ。小さい子は主張が激しい。
こんなにもこの器官は使っていたのだな、と言葉通り痛感している。
あの煌びやかなおじさまとおばさま達の中に変な風邪を持ってきた人が居るのだろうか。舞台の上でめちゃくちゃに弾き、踊り、歌っていた者たちはあの後ツアーは続けられたのだろうか。外見だけ立派な、わずか550人程度しか入らないコンサートホールの換気扇は故障していて、弦楽器の熱気の他にもなにかムン、とした、天井にぽっかりと穴を開けたくなるような空気が漂っていた。
あの踊るような音が綺麗な満点の星空に突き抜けていったら、それはそれで美しかっただろう。あいにく金曜は土砂降りだった。どちらにせよ残念ながら「室内楽」にはオープンエアーは合わない、と私は思う。

他人の素晴らしい才能と努力の塊の間を彷徨って、喉の痛みだけで自分のここに有る証を感じている。飴を舐めすぎて舌の真ん中が変に麻痺してきた。
可愛い靴を履いたらツルツルと滑るもので、なかなか歩きづらい。ここ最近はベッドに縦に横たわることしかできなくなっていたので、今日はと、少し気分を上げるためにオシャレしてみたら、ミニ丈のワンピはリュックを背負ってる私には相性が合わずに、一歩歩くたびにツンツンと上がっていってしまう。その為、足元はツルツル滑りながら、左手はお尻の方まで上がってしまうワンピースを必死に抑えながら、もう片方の手では被ってみた帽子に、手を当ててちびちび歩く。喉の痛みは飲み込むごとに叫ぶし、昨日急に幕を開けた秋が脚の間から吹きつけてきてお腹まで上がってくる。寒い。
昨夜はよく眠れなかった。その為あくびも止まらず、せっかくの化粧も30分と持たずに、右目だけからしきりに流れる涙と共に流れていく。
カメラを貸してくれていた友人に会った。やっと休みが取れた彼女は瞳の青に反射するようなピンクとゴールドのアイシャドウを綺麗にしばかせてるんるんしていた。姉と前まで働いていたレストランで夕食をとるらしい。美しい人が楽しそうにしてるのはいつ見ても楽しい。

薬局で処方箋の名前を見た薬剤師の女性が、お会計の後唐突に「日本に行くには何時間かかりますか?」と聞いてきた。正直少し気味が悪かったが、今は前より長くかかりますよ、でも円安なので、行きがいがあると思います、なんて言いながらのど飴を詰め込んだ。あれはなんだったんだろうか。フレンドリーとパーソナルスペースとナンパの間の社交がよくわからない。
一度だけナンパというナンパをされたことがある。だがあれは別れたばかりの京都美人の元カノが忘れられなかっただけだ。「俺の元カノのお母さんの料理がうまくてさ!」と電車の中で楽しそうに話していた。その友人は憐れむような微笑を浮かべて彼と私の顔をかわるがわる見てはスマホをいじっていた。そんな事には気づかず、彼は元カノの思い出話に一人花を咲かせていた。

喉は少し落ち着いてきたみたいで、叫び声から普通の音量になってきた。今度は足に合わない靴のせいで足が一歩進むたびに「イテッ!」「イテッ!」と言っている。

うるさいな。

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