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ふつうに

死にたいと思う気持ちはふつうらしい。

「たまに支配されるんです。その言葉に。意味はないんですけど。気がついたらスマホのノートにそんなことばかり書いていたりして。」
「アクションを起こしましたか?」
「アクションですか?」
「例えば、方法をインターネットで調べたりとか。」
「それはしてません。言葉だけなんです。」
「では、それは心配しなくて大丈夫です。誰でもあることですから。気を付けなくてはいけないのは、その方法を本気で考え始め、用意を始めた時です。」

先生を観察すると、人間だ。と感じる。
人間が人間を助ける為に、寄り添う勉強をしてきた。

「別にあなたに、愚痴るつもりはないですけど、子供が二人とも小さくて、」「何歳ですか?」「3歳と6歳です。」「あらそれは可愛いですね。」
「そうなんです、でも大変で。」「それはお察しします。」
「はい、それで、コロナがあって戦争が続いて、私達ももう全員如何にもこうにもならないんです。ここまでなんです。」

手で首の辺りをちょん切る仕草をしながら、先生の薄い肩がどんどん上がり、左右に細かく揺れる首に綺麗に束ねられた髪の毛がぴょんぴょん跳ねる。
視線を落とし、先生の綺麗に塗られた赤いペディキュアとセンスの良い黒いサンダルを見つめながら、どこで買えるのだろうか、帰りがけに聞こうか迷った。

「いえいえ、わかります。ありがとうございます。」

視線を戻す。真っ直ぐ目を見ると、黒縁のメガネの奥でほんのり安堵の表情が窺える。

人生の計画はやりたい事は人に話さないほうが良いらしい。人に話すことでドーパミンが出て、それをやり遂げた時とほぼ変わらないご褒美システムが脳の中で完成され、それを成し遂げる前に満足してしまうらしい。


知らない人に話せただけで少しだけ満足した。


ふつうに、少しだけ、無くなった。


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