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猫のレジリエンスを信じてもいいのか

昨日の夜、もものすけとカシャブン(紐の先にカシャカシャなるおもちゃが付いてるもの)で遊んでいた。このおもちゃが大好きで大興奮。いつも通り、噛みついて体をぐるんと転がしてじゃれていたら、もものすけの鍵しっぽの先にその紐が絡みついた。

もものすけもそれに気づきぐるぐると追いかけ、何か罠にかかったのではと感じたようで、ぶわっと毛が逆立ちパニックに入った表情をした。「あ、やばい」と思った瞬間に、運悪く大きな声が聞こえてスイッチが入りもものすけが飛び上がった。

私は慌てておもちゃから手を離したのでそのまま紐が取れればよかったのだが、棒ごともものすけの体に絡んで取れなくなり、そのまま右往左往しながら色んな所にぶつかって棒が折れたりしてさらにパニックになった。ウウウと唸り声をあげ、椅子の上に登り、紐をとろうとしっぽに触る我々にシャーシャーと怒った。おしりから分泌液が出てすごいにおいが充満していた。それだけ怖かったのだろう。

もとはと言えば、私ももものすけも悪くないし運が悪かっただけなのだが、猫と生きている以上彼が不快な思いをするということは全て人間のせいだと思っている。本当に申し訳なく、見ていられなかった。落ち着くのを待ち、チュールをあげたり、撫でたりしながらなんとか洗濯ネットに入れ、目元をタオルで押さえてしっぽに絡んだ紐をほどいた。

彼は保護猫ということもあり、多分猫一倍繊細で敏感なタイプなのではと思う。捕獲されたときの記憶もあるだろうし、外で過ごしている時にも度々びっくりするような怖い出来事もあっただろう。それをトラウマ的に思い出させてしまったんだと思う。

トラウマは侮れないもので、同じようなシーンになったときに条件反射的に記憶から思い起こされる。この前病院に連れていくために捕獲する時使ったおやつの音を聞いただけで、もものすけの体がびくっと震えること、すぐに食べないで周囲を見渡し恐る恐る食べることからも十分伝わってくる。

今回は大好きなおもちゃで遊んでいる時に、ものすごく怖い目に合わせてしまったことが心底残念だし悲しい。彼が安心して遊べると思っていたもの、過ごせる場所だと思っていた環境の中でそれが起こってしまったことが悲しくて申し訳ない。現にあれから、事が起こったリビングを何とか出ようと洗面所のドアをこじあけ、洗濯機の後ろに隠れるようになってしまった。

猫は嫌な記憶や、怖かった記憶はとてもよく覚えている生き物だと知っている。人間よりもずっと本能的に生きている動物だから仕方ないと思う。なので、「まぁほっとけばそのうちもとに戻るよな」と手放しに猫のレジリエンスを信じることが出来ない。

私に今出来ることは何もない。洗濯機の裏側に入ったもものすけを追い出さずに見守り、水分補給が出来るようにちゅーるやウェットのご飯を運んであげることしかできない。わかっているのだが、ただ心理的にも身体的にもあいてしまった距離感が悲しくて、申し訳なくて、打ちひしがれている。

また、私と無邪気に遊んでくれる日は来るかな。リビングで堂々と転がって眠ってくれる日は来るかな。その日が来るまで、ちょっとずつまたもものすけの心の安全を作っていこうと思う。本当にごめんね。大好きだよ。


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