そこですき焼きはないだろう。
あれはもうずいぶん昔、私たち夫婦が結婚して間もない頃の話である。
私は仕事に燃えており毎日の残業は当たり前だった。
妻も働いていたのでなかなか生活のリズムが合わなくてもどかしかった。
家事の分担は私が料理とゴミ出しやいわゆる名前のない家事をしていた。
妻は洗濯とお風呂掃除にこだわりを持っていたのでそれは任せることにした。
私の会社は土日が休みだったが休日出勤をよくしていた。
手当目的ではなく仕事が楽しかったので苦にはならなかった。
日曜日は大抵昼過ぎまで寝ていたのでどこかに出かけることもあまりなかった。
そんな生活が続いたので妻とのちいさなケンカが増えてきた。
私は仕事から帰るとすぐに台所に立って野菜炒めや焼き魚などの簡単な料理を作るのが精いっぱいで、それで妻が満足していると思っていた。
ご飯を食べる時もテレビをつけてそれをBGM代わりに黙々と食べる味気のない時間だった。
ううん、何だかうまくいかないなと妻との関係に悩んでいた。
そんなある日仕事をしていると携帯電話がブルッと震えた。
何だろうと思って見てみると妻からメールで今日は私がご飯を作るから早く帰ってきてねという連絡だった。
ふぅん、珍しいと思ったが嬉しい提案だったのでニヤニヤしながら仕事に励んだ。
しかしながら、そういう日に限ってバタバタと忙しくて妻からのメールへの返信も忘れて黙々と残業をした。
時計の針が十時を回った頃にひと段落したので帰宅することにした。
帰り道に遅くまでやっているスーパーに立ち寄るのが習慣だったのでそこで半額になっているお肉や野菜を買い込んで家に帰った。
今夜はすき焼きにしようかな~とご機嫌で玄関のカギを開けて妻にすぐにご飯作るからと言って買い物を冷蔵庫にしまおうとしたらそこに妻が作ったであろう冷しゃぶが入っていた。
それを見た瞬間にあっ!と思ったが時はすでに遅かった。
そんなに私のご飯は食べたくないの!?と言ってたまりにたまった私に対する不満を一気に吐き出した。
あまりの剣幕に私は何も言い出せずにじっと聞いているしかなかった。
言いたいことを言いつくした妻は涙をボロボロ流しながらもう知らない!と言って外に出ていった。
すぐに追いかけて行って後ろから抱きしめると強引に振り払われた。
それから車に乗って妻はどこかに行ってしまった。
すぐに電話をかけてみたが何度鳴らしても繋がらなかった。
妻の思いやりを踏みにじってしまった事を激しく後悔しながら眠れない夜を過ごした。
翌日は普通に仕事に行ったが妻の事が気になって仕事が手につかなかった。
妻が帰ってきたのはそれから二日後で私は玄関先で土下座をしてひたすら謝った。
最初は聞く耳を持たなかった妻が徐々に態度を軟化させてくれるのに長い時間がかかった。
それ以降、夫婦の関係がうまく行く事を第一に考えて暮らすようになった。
残業も少しづつ調整して減らしたしお休みの日はいっしょに出かけることも増やした。
何の事はない私の自己中心的な振る舞いが妻を苦しめていたのだ。
早いうちにそれに気が付けて本当に良かった。
それ以降も小さなトラブルはあるが全体的には丸みのある円熟期に入ってきたと思う。
それにしても若い頃は周りが見えていなかった。
そんなこんなで私は今日も台所に立つ。
妻と食べるご飯はとっても楽しくて美味しいのです。
今日も二人でいただきます。
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