見出し画像

ロールモデルという思考停止用語

キャリアに悩む海外駐在員③を書いている最中ではありますが、言語化して残しておきたいと思ったのでこのタイミングで書きます。

先日、現職で人事面談がありまして、将来何をしていきたいかというキャリアプランみたいなものを話す機会がありました。

さすが大企業、わざわざ聞いてくれるなんてありがたい話です。前職では考えられなかった。(敢えて「やりたいことは何ですか、将来どんな仕事をしていきたいですか」と上司が部下に問いかけるまでもなく、各自がやりたい仕事を突き進めていたという意味で)

わたしゃ当然早く駐在に出て拡販・開拓をやりたいというのを伝えるわけですが、当然任期があるのでいつかは日本に帰任することになるわけです。3年後か5年後かあるいはもうちょっと長い駐在期間になるかもしれませんがいずれにしても日本本社に所属している以上帰任は避けられない。

ただ、仮に日本に帰ってきたとしてやりたいことが特にあるわけではないなあ、と。仮に今の部署に戻ってきて管理職になったとしても、給料は駐在中より下がる(という当方の試算)し、仕事内容の幅は狭まるだろうし、何だか正直パッとしないんですよね。

というのが頭の片隅にあったので「帰任後については現時点では特に具体的に方向性があるわけではないです。駐在に出たらまた考えも変わると思います。特にロールモデル的な人もいないですし、、、」と上司に伝えたわけですが、ロールモデルを口にした瞬間に余計なことを言ってしまったなと思った。

別にここ数年で帰任後に退職する人が増えているから上司の顔色が険しくなった、というわけではなく、ロールモデルという横文字を使って思考停止している自分に気づいたからです。

だって、仮にロールモデルがいたとしても他人なんだからその人にはなれないでしょ、と。

キャリア的に憧れの存在であるAさんがいたとして、その人の行動特性を分析して取り入れて、その人のようになれるようにする、というのが所謂ロールモデルというものだと思います。

仮にイケてる部長(55歳・男性)がいたとして、その人をロールモデルとして定めたとしても;

1)時間軸
自分が30代で50歳で部長になるとして、その10年~15年間で事業環境は大きく変わるし、ひょっとすると会社もなくなるかもしれない。今の憧れが将来も憧れであり続けるだろうか。

2)本人の能力
その部長と自分自身の能力は同じではないし、仮に同じ能力を身に着けることができたとしても1)のように事業環境が変われば必要となる能力って変わってくるはず。

3)経済力やその他ネットワーク:職場では見えてこない部分だと思うけど、実家が資産家かもしれないし、別に労働をしないでも生きていけるくらいの資産があるのかもしれない。あるいは、会社の会長とか上の方と遠い親戚で、実力とは違った所で評価されてそのポジションについている可能性もある。

などなど、別にロールモデルを設定したところでその人にはなれないという点を再認識した次第です。

憧れの対象がいないから方向性が分からないんです~、というのは単なる言い訳に過ぎず、自分の方向性がわからないのは、頭がちぎれるまで思考していないからです。行動していないからです。

ロールモデルというこういう文脈で使ってしまったことで奇しくも露呈した自分の他力本願ぶり、受け身な思考を反省しつつ、思考停止をしないようにという自戒の念も兼ねてここに共有いたします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?