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教育実習生の魂の授業、そして本当に書いた学級通信

「みんな違ってあたりまえ。いろんな人と、違いを生かしあってほしい」

教育実習生の頃、指導教官の先生に頼まれて実習後に書いた “学級通信に載せるメッセージ” は、学級通信には内容が濃すぎたようで。
学級通信とは別刷りでクラスに配布してもらったことを、後で指導教官の先生から聞きました。

先日、気楽な気持ちで「いつかの教育実習生が贈る「学級通信」」という記事を書いたところ、予想だにしない大変な反響をいただきました。

本当は上記の記事と2本立てで今回の記事も書く予定でした。
今だから書ける学級通信と、過去に本当に書いた学級通信とを対比させて。

しかし反響が大きいので(もうこれで完結で良いのでは?)と思ってしまったのと、仕事等の他のタスクにかまけていたのとで今に至ります。

それでも、書きたいから書いちゃいます。

授業、学級通信の本編は、以下の見出しの◎の項目に書きました。他は解説や後日談などです。
生徒になった感覚で読みたい方は◎の項目だけ読んでみてください。

学級通信の前に、道徳の授業

学級通信を書く前に、道徳の授業がありました。

中学の教育実習だと、担当教科の他に道徳の授業も1時間やることになっているんですね。
指導教官からは、実習前の打ち合わせの段階で「教材は教科書(あれ?当時は道徳は“教科”だったっけ?)の中から選んでもいいし、自分でやりたいことを考えてくれてもいいよ」と言われていました。

となれば、私の中ではやりたいことは1つだけ。
どんな内容でやったのか、以下に授業風に書き出してみましょう。

(ちなみに授業は中学1年生向けの50分。以下ではダイジェストにすべく多少難しい言葉も使用するかもしれませんが、実際にはもう少し噛み砕いて説明していたと思います。)

なお、途中で少しだけ、授業で実際に使用したスライドを載せています。


◎道徳の授業「多様性を考える」


ではまず、質問をします。
「あなたの性別は何ですか?」

手を挙げて答えなくても良いですよ。

では、もう1つ質問。
「どうしてその性別だと思うのですか?」

これも答えなくて良いので考えてみてください。

きっと今、どうしてその性別だと思うかを聞かれて「体が男の子/女の子だから」だとか「自分が男の子/女の子だと思うから」とかいろいろ考えたと思います。

“性別”って、何なのでしょう?

実は、“性別”は、さまざまな要素によって形づくられています。

からだの性 : 生まれ持った身体的な性
こころの姓 : 自分で思う自分の性
好きになる性 : どの性の人を好きになるか/ならないか
見られたい性 : 周囲からどの性で見られたいか

他にもたくさんの種類がありますが、一例としてこのようなものが挙げられます。
全ての要素は「男/女」の二択ではなく、男と女との間にグラデーションがあります。

スクリーンショット (15)

さて、あなたは、上に挙げた要素について、それぞれどの位置にいますか? プリントに書き込んでみましょう。
書き方は自由です。上の図のように丸をつけたり、つけなかったり。丸じゃなくても良いですね。思うままに書いてみてください。

男 |ーーーーーー|ーーーーーー| 女

(このような数直線のようなものを上記の要素ごとに記載したプリントを、生徒たちに配布しました。)

これは人に見せなくても良いです。また、勝手に人のものを見てはいけないし、見せてもらったとしても本人の許可なく他人に言ってはいけません。
これは絶対に約束してください。

プリントは、先生に見せてもいいよという人は後で回収します。嫌だという人は出さなくてもいいです。回収したプリントは、私が見たらそのままシュレッダーにかけます。
書き込むのも嫌なら書き込まなくてもいいので、考えるだけ考えてみてください。

どうでしょう。全てが完全に線の端の「男/女」に当てはまった人もいるかもしれませんが、そうでない人も多いかと思います。

“性別”と言っても、こうして要素を分けて考えてみると、組み合わせが無限に有り得ることが分かってもらえるのではないでしょうか?
こんな書き方もできると思うと、本当に無限ですよね。

スクリーンショット (18)


この4つの他にも様々な要素があり、全ての選択肢がグラデーションであることを考えれば、「性別の数=人の数」であるといえます。

みなさん、テレビなどでこの人達を見たことがあるでしょうか?

PowerPointで、はるな愛さん、KABAちゃんさん、マツコ・デラックスさん、美川憲一さん、りゅうちぇるさんの写真を見せる。

この人達は、テレビで「おネエ」と呼ばれることのある人達です。
(余談ですが、こういった人達を「オカマ」と呼ぶ人がいますね。でも「オカマ」は差別用語とされているので言ってはいけません。
同じく「ホモ」や「レズ」といった言葉も差別用語とされています。知らずに使ってしまう人もいるので気をつけましょう。)

しかし、一口に「おネエ」といっても、一人一人の性別には細かい違いがあります。
(写真で挙げた人達それぞれに、性別を形づくる要素を公表されている範囲で当てはめ説明しました。ここでは割愛するので興味がある方は調べてみてください。)

男性女性という枠に当てはまらない「おネエ」と呼ばれる人達の中にも、細かく見ていくと様々な性別の人達がいることがわかってもらえたでしょうか?
「おネエ」と呼ばれる人がみんな違うのと同じで、男性の中にもいろいろな男性がいて、女性の中にもいろいろな女性がいる。みんな、違う人間なんです。
食べ物の好き嫌いとか、得意苦手とか、考え方とか、人によって違いますよね。でもそれが良いとか悪いとかではなく、ただそうであるというだけ。性別についても、同じことです。

ということは、自分の周りにいる人は、自分とは違う人だらけです。
では、違う人と生きていくためにはどうしたらいいのでしょう?
次のビデオを見ながら考えてみましょう。

https://youtu.be/32bLrf0dBds

「【中学校版】多様な性ってなんだろう?|特定非営利活動法人ReBit」(一部抜粋して見せました)

さて。日本では性別といえば「男」「女」の2通りとされることが多いですが、世界にはそうでない国もあります。

サモアでは、男性でも女性でもない第三の性「ファファフィネ」と呼ばれる性が認められています。そして、ファファフィネでサッカー選手になったジャイヤ・サエルア選手という方がいます。
アメリカ領サモア代表チームがブラジルW杯を目指すオセアニア予選に出場したとき、ジャイヤ選手はこのようなコメントを残しました。

「ワールドカップ予選に出場した最初のトランスジェンダー選手になれたことを光栄に思う。でも、もっと大切なことは、“誰”ではなく“何をしたか”で人を評価すること」

わかりますか?
「男/女」などの“自分で変えられない属性”や“肩書き”で人を評価するのではなく、“その人のしたこと”で人を評価しようということです。

これを一言で言い表した、ジャイヤ選手の名言を紹介しておきます。

「女か男か? その前にサッカー選手よ!」
引用・参考
「トランスジェンダーに学ぶ!差別とは、リスペクトとは、サッカーとはなにか?」https://www.sakaiku.jp/column/mental/2015/008736.html  2020年7月5日閲覧

性別にとらわれずに生きる……もしかしたら想像しづらいのかもしれません。でも、「第三の性」のような人も、身近にはいないと思っているだけで、実はいるのかもしれないですよね。ビデオで見た通りの割合でいると思えば、このクラスの人数なら1,2人いて当たり前なんです。

さっき見せた、このスライドを覚えていますか?

スクリーンショット (18)

実はここに書いてある内容は、私自身についてのものです。
みんなは私のことを、教育実習で来た女の先生と思ってきたと思います。たしかに「からだの性」は女性です。でも心の性は男でも女でもない、ちょっと男寄りかな?という感じ。好きになる性は、性別関係なく好きになった人が好きですし、どう見られたいかというと、男として女としてではなく、あくまで一人の人間として見られたい。

言われなきゃ気づかなかったでしょ? ほんと、気づかないだけで、それくらい当たり前にいるものなんです。
だけど私は、自分が「他人と違う人間」だとは思わない。これまで話してきた通り、みんな違う人間だと思っているから。みんな違う中の一人でしかないからね。

私がこの教室に来るのは今日が最後ですが、私には、気になることがあれば何でも聞いてくれていいです。答えられないことはちゃんと答えられないって言うし、そうでないことは何でも答えます。どんどん聞いてください。

今日の授業を、今は頭の片隅にでも置いといて、いつか役に立ててくれたらとても嬉しいです。


生徒たちからの反応

元々、指導教官である担任の先生からは「中1だとまだ性別について意識しないような子もいるから」と、授業がどこまで響くかわからないといった反応をされていました。

それでも蓋を開けてみると、指導教官も一緒に内容をしっかりと練ってくださったこともあり、授業の最後でプリントに書いてもらった感想を見ると、想像以上の反応が返ってきました。

「いろんな人がいることがわかった」
「みんな違う人間なのだから、みんなで良いところを生かしあっていきたい」

シンプルなものから、完璧に授業の意図を読んでくれた感想まで。

しかもこの授業、指導教官イチオシの内容だったため、特例で他のお手隙の先生方にも観ていただいていました。
その先生方も「勉強になった」とか「内容に引き込まれた」という反応だったのがかなり嬉しかったです。もちろん授業の技術面では様々なつっこみをいただきましたが。

(でも「あなたにしかできない授業だと思った」は、ありがたいけど違和感が。最後のカミングアウトを除いては、どの先生にもできる授業であってほしいですから。)

授業をするにあたり気をつけたことについても触れておくと、気をつけたのは
・絶対にアウティングが起こらないようにすること
・生徒に自分のセクシュアリティを発言させないこと
です。

見ていただいた先生の中で「たとえば『このクラスの誰くんと誰くんがつき合っていたとして……』という例を出したらわかりやすかったかも」というアドバイスをくださった方がいましたが、それだけは「実際に例に挙げられた二人がゲイであったり付き合っていたりする可能性が完全にゼロとは言えないので、あえてそういう例は出しませんでした。ちなみに私がカミングアウトしたのも、クラスの中に既に1人は該当者がいることを示して、クラスの中で“犯人捜し”のようにセクシュアルマイノリティ探しが始まるのを抑止するためです。」とはっきり伝えておきました。
すぐ納得いただける先生だったので非常に良かったです。

そしてこの授業の日を最後に3週間の教育実習が終了。
指導教官の先生から、よかったら後日学級通信に載せるメッセージを送ってほしいと言われました。
A4の紙1枚に、手書きでメッセージを書くことにしました。

教育実習生の分際で、先生方を差し置いてこんなことを言ってもいいのかなと迷いながら。

そのメッセージ、書いた内容が手元に残っていないので、覚えている趣旨をもとに復元するつもりで書きます。
このメッセージで記事を締めることとしましょう。


◎教育実習生の学級通信

○月○日から○月○日まで、1年○組の皆さんと一緒に過ごさせてもらった、教育実習生の○○○○です。
皆さんと一緒に過ごした3週間で、とてもたくさんのことを勉強させてもらいました。ありがとうございました。

最終日の道徳の授業では、私のことを知ってびっくりした人もいるかもしれません。

今皆さんが一緒に過ごしている人達も、これから出会う人達も、本当にいろいろな人たちがいると思います。好き嫌いも、得意なことも、考え方も、全部違います。
みんな違ってあたりまえです。だから皆さんにはぜひ、いろんな人と違いを認め合って、違いを生かしあってほしいです。そうすれば、より良く生活できます。

○組の皆さん、これからも勉強も部活も全力で打ちこんでください。私も負けないようにがんばります。3週間、本当にありがとうございました。



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