自重トレーニング、低重量でも筋肥大する?

ひさしぶりのnote投稿となります。最近はあまり発信ができておりませんでした。


今回は新型コロナウイルスの影響もあり、自宅でトレーニングを行う人が増えたことから「低重量で行うトレーニング」についてのお話をしていこうと思います。

やはり関心があるのは
「低重量のトレーニングでも筋肥大はできるの?」
「自宅で行う低重量トレーニングでもしっかりと効果を出すためにはどうすればいい?」
といったことでしょう。今回はこの2点にフォーカスをしてお話を進めていきたいと思います。


それでは早速始めていきます。
(本稿では一般的な分かりやすさのため、厳密には意味の違う「負荷」と「重量」について「重量」と言葉を統一して扱っていることをご了承ください。)

まずは「低重量トレーニングでも筋肥大はできるのか?」ということについてです。

この議論を始める前に通常の筋肥大トレーニングとして好まれる中重量(6~12RM)がなぜ効果的かということをお話しておきましょう。一般的に高重量は1~5RM、中重量は1~12RM、低重量は15+RMとされます。

まず、高重量のトレーニングを見てみます。高重量トレーニングには一度に動員する運動単位の数が多く、短い時間のうちにより多くの筋線維が張力を発揮することができる、速筋線維をしっかりと動員できるというメリットがあります。大きな力を発揮する神経の使い方を学習することによって最大筋力が伸びやすいこともメリットとして挙げられます。

しかし高重量を扱う分、1セットの時間は短く、だいたい15秒くらいになります。エネルギー供給機構としてはクレアチンリン酸系と速いグリコーゲンの酸化経路が使われるのみです。
ですのであまり代謝産物の蓄積が起こらず、化学的な刺激が小さいのがデメリットです。

次に低重量トレーニングについてみてみましょう。低重量トレーニングでは先ほどの高重量トレーニングとは逆のことが起こります。つまり一度に動く運動単位(筋線維)の数は少ないけれど、セットの時間が伸びて遅いグリコーゲンの酸化が利用され筋肉の合計の仕事量が大きくなることから代謝産物の蓄積・化学的刺激が大きくなるということです。

低重量トレーニングの負荷は速筋繊維を刺激するのに十分な負荷ではないため筋肥大に期待できる効果は薄い、ということがよく言われますがそれは本当なのでしょうか。これについては後述します。

さて、高重量トレーニングと低重量トレーニングのメリットとデメリットについてみてきました。以上の点を抑えるとなぜ筋肥大トレーニングにおいて中重量のトレーニングが好まれるのかということが見えてきます。

中重量トレーニングでは一度に動員できる運動単位の数も多く速筋繊維のしっかりとした動員が期待できるうえに、ある程度のレップ数を重ねることによる筋肉の仕事量増加・代謝産物の蓄積による化学的な刺激も大きくなります。簡単に言えば刺激のバランスが良いということです。

また、これは実践者としての経験論ですが高重量では適切なリフティングスキルがないとフォームが乱れてしまいやすいという問題や低重量で追い込むためには長い時間の集中力が要求されて集中切れを起こしてしまうという問題にも中重量トレーニングはうまく対応することができます。

ですので中重量トレーニングは筋肥大を目指すトレーニングにおいては高重量トレーニングと低重量トレーニングの「いいとこどり」をしたバランスの良い形となるわけです。
以上のことから筋肥大トレーニングには中重量が好まれている理由がわかりました。筋肥大を目指す皆さんはジムでも中重量トレーニングを行っていたのではないでしょうか。

しかし、家トレーニングとなると話は別です。限られた環境の中で適切な種目や重量、動作を選択し、筋肉を発達させる必要があります。
(もちろん、家に十分なトレーニング環境がある場合は中重量トレーニングをしてもかまいません)

ここで先ほど出てきた「低重量トレーニングは負荷が小さいから速筋繊維を使えないため筋肥大効果は狙えない」、の真偽を確かめる必要が出てきました。

たしかに、セット開始時においてはこのことは正しいと言えそうです。低重量を扱うために速筋線維は必要ありません(「サイズの原理」でググるとよくわかるよ!)


しかし、動作を続けていくと低重量を扱っていても感じる重量が「重く」なってきます。これは代謝産物の蓄積などによる疲労が原因です。
ここでの疲労とは一般的に言われる「疲れた感じがする」ということではなくて、代謝産物の蓄積やエネルギー基質の不足などの原因によって筋の発揮張力が落ちることをいいます。

Teschらの解析(※1)により最大筋出力の30%の筋力発揮でType IIaの速筋線維が動員され始めることが分かっています。1本の速筋繊維はすぐに疲労してしまうため低重量であっても回数を重ねるうちにどんどんと速筋線維がつぶれていくことで筋肉の疲労、すなわち張力の維持のためにかかる努力の増大が起こるのです。

こう考えると低重量トレーニングでも「最後まで追い込む」ことによって速筋線維を刺激し、高・中重量トレーニングと同等の効果が得られると期待してもよさそうです。

実際の低重量トレーニングの筋肥大効果については議論が続いていますが、その多くはトレーニング初心者を被験者としたものです。
ここでSchoenfeldらが行った3年以上のトレーニング経験がある鍛錬者18名を中重量トレーニング群(8-12RM)、低重量トレーニング群(25-30RM)に分けて8週間のトレーニングを行ったものを取り上げましょう。(※2)
この研究では全身を鍛える7つのエクササイズをそれぞれ3セット、1週間に3回、トレーニングセッション日が連続しないように行われました。

結果として、筋肥大は同等だったのです(!)
ただし、最大筋力の上昇は中重量トレーニング群が大きく局所筋持久力の上昇は低重量トレーニングの群のほうが大きかったようです。

この研究から低重量トレーニングも筋肥大を引き起こすことができる可能性があるということが言えそうです。(「低重量のトレーニングでも筋肥大はできるの?」の回答)

しかし60%1RM以下の低重量のトレーニングではセットを中断せずに限界まで行わないと筋肥大の効果は期待できなさそうなこと(※3)には十分に注意しておくべきでしょう。


以上をまとめると低重量トレーニングで筋肥大を引き起こすためには代謝産物の蓄積を引き起こし、限界まで行うことがカギとなってきそうです。(「自宅で行う低重量トレーニングでもしっかりと効果を出すためにはどうすればいい?」の回答)

低重量トレーニング×代謝産物の蓄積といえば加圧トレーニングはかなり広く知られた方法でしょう。このトレーニング方法ではバンドを腕や脚の基部に巻き、血流制限下でトレーニングを行うことでエネルギー基質の運搬や代謝産物のクリアランスを阻害します。こうすることで過剰な代謝産物蓄積状況を作り出すことが狙いのトレーニング方法です。
加圧トレーニングは筋肥大に効果的であることが多くの例で確認されています。扱う重量は20%1RMでも十分な筋肥大効果をもたらし、成長ホルモン濃度は通常時の290倍になったとする研究もあります。(※4)
私自身は石井直方研究室メンバーの一員であり、加圧トレーニングに関する初めての論文の第一著者である寳田雄大先生のもとで指導を受けておりましたが、加圧トレーニングを実施する場合の方法につきましては特許・資格の都合上有資格者の方に正しい指導を受けるようお願いいたします。本稿は加圧トレーニングの指導による収益を目的としたものではありません。

加圧トレーニングと似た方法として動作をゆっくりと行う「スロトレ」があります。これも石井直方先生の研究室で生み出された方法です。スロトレも低重量トレーニングを考える上では参考になりそうです。
スロトレは加圧バンドを巻くことができない体幹部の筋肉へも適応することができます。スロトレでは筋肉にある程度以上の張力を掛け続けることで筋収縮それ自体による血流制限効果を生み出すことができます。(筋肉が収縮することによる内圧上昇が筋への血流制限をもたらす)
こうすることで加圧トレーニングほどとまではいきませんが血流制限によるエネルギー基質の運搬阻害、代謝産物の蓄積などが起こります。このようなメカニズムによって低重量のトレーニングでも筋肉の発達を狙っていくことができます。
加えて説明をしておくと血流制限による低酸素状態下ではNO(一酸化窒素)の寿命が長くなり、作用する時間が延長されます。NOはHGF(肝細胞増殖因子)の働きを活性化することで筋肉の成長・筋サテライト細胞の分化を抑制するミオスタチンの活性を抑制することが知られています。
(=筋肉の成長抑制の抑制が起こる)

スロトレを行うと「低重量でもこんなにキツイのか」という感想を持つ筋トレ愛好家が後を絶ちません。しかし、スロトレでは筋肉から負荷を抜いたポジションで一瞬休んでしまうと「あれ、さっきまでキツイと思ってたのに意外とまだまだいけるぞ」ということも体感できます。これは低重量トレーニングで筋肥大効果を狙うときに重要な代謝産物の蓄積による疲労について重要な洞察を与えます。
つまり、一瞬でも筋肉から負荷を抜いてしまうと血流制限が解かれ、血流が回復するためにせっかく蓄積した代謝産物が流れ出てしまう、処理されてしまうということになります。こうなると、また「溜め直し」をして限界反復まで動作を行わなければなりません。これでは無駄が多いでしょう。正しい動作コントロールと「一旦休む」を行わずにイッパツで決める根気が必要です。

スロトレの方法をそっくりそのまま行う必要はありませんが、ある程度コントロールしたテンポで関節のロックを避けて筋トレを行うと慣性や骨支持によって筋肉から負荷が抜けてしまわないようになるため代謝産物の蓄積が促され、低重量であっても筋肉の発達が期待できるようになるはずです。

「コントロールしたテンポでトレーニングをしろ」というのは「筋肉からテンションを抜くな」と同じ意味であり、それの真の目的とは「血流制限による代謝産物の蓄積」なのです。

その目的をわからないまま「テンポをコントロールしろ」といううわべの指導を行うトレーナーは多いものです。

この真の目的を理解することでトレーニングへの応用範囲が広がります。(コントロールして行うのに適した種目と重量を扱うことに適した種目の区別と選択、可動域の制定、フリーウェイトにチューブ負荷を加える工夫などができるようになる)

すべての「なぜ?」に答えられるトレーナーになれるよう私もまだまだ勉強中です。本稿が誰かの何かの役に立てば嬉しく思います。


それでは今回のまとめに入りましょう。

低重量トレーニングであっても限界まで行うことで筋肥大を狙っていくことができる。限界に達するには代謝産物の蓄積による疲労が重要であり、そのためには「トレーニング動作中に負荷が抜けるポジション・時間を作らない」ことが重要である。以上のことを踏まえ自宅トレーニングを行おう。



<参考文献>
※1.Tesch, PA, Ploutz-Snyder, LL, Ystrom, L, Castro, MJ, and Dudley, GA. Skeletal muscle glycogen loss evoked by resistance exercise. J Strength Cond Res. 12: 67-73, 1998.
※2.Schoenfeld, BJ, Peterson, MD, Ogborn, D, Contreras, B, and Sonmez, GT. Effects of low- versus high-load resistance training on muscle strength and hypertrophy in well-trained men. J Strength Cond Res. 29: 2954-2963, 2015.
※3.Holm, L, Reitelseder, S, Pedersen, TG, Doessing, S, Petersen, SG, Flyvbjerg, A, Andersen, JL, Aagaard, P, and Kjaer, M. Changes in muscle size and MHC composition in response to resistance exercise with heavy and light loading intensity. J Appl Physiol. 105: 1454-1461, 2008.
※4. Yudai Takarada, Yutaka Nakamura, Seiji Aruga, Tetuya Onda, Seiji Miyazaki, and Naokata Ishii. Rapid increase in plasma growth hormone after low-intensity resistance exercise with vascular occlusion.J appl Physiol.Pubilished online:01 JAN 2000.
<その他参考文献>
Schoenfeld, Brad. Science and Development of Muscle Hypertrophy.

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