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隣の席のおじさん(短編小説)
隣の席のおじさんは、いつも一人で喋っている。
誰かと話しているように見えるけれど、おじさんの前には誰もいない。ぶつぶつ言っていてよく聞こえないが、ふざけるなとかバカヤロウとか、何かに怒っているようである。
地域のパソコン教室で、そんなに怒ることがあるだろうかと思うけれど、本当にパソコンが苦手なんだろう。
ここはペアの私がフォローしてあげなければと思い、「そこは右クリックですよ」とか「insert
新しい名前(短編小説)
「これは、知人の話なんですが」
と、居酒屋で隣の席になった男が言う。
それぞれ一人で飲んでいたが、ふとしたきっかけで会話が弾み、やがて男はある奇妙な出来事について話し始める。
「その人は、自分の名前が自分のものではないと言うんです」
「自分のものではない?」
「そう。本当の名前は随分昔になくして、もう返ってこないと言うんです」
「それは興味深いですね」
僕が笑うと、男もつられたように笑う。
そ
白い蛇の夢をみた(短編小説)
白い蛇の夢をみた。
夜の草むらに、立っている。
辺りがあまりに明るいので、見上げると満月だった。
じっと見ていると、それは段々膨らんでいるようであった。
飲み込まれてしまう、と思った。
私は、恐ろしくなって後退りする。背中に固いものが触れ、振り向くと井戸があった。
逃げるように井戸へ飛び込む。落ちていくと、そこにも月があった。水の衝撃、冷たさ。体をひねると遠くに歪んだ月が見えた。小さな水泡が、口