川下

短編小説を投稿しています。みてね

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最近の記事

産卵(短編小説

 ある朝目覚めると、へその下に奇妙な膨らみがあった。テニスボールほどの大きさで、立ち上がると少し重たい。子宮の辺りだと思い婦人科を受診すると、医者はエコーを当てながら、「これは卵ですね」と事もなげに言う。 「窓から入ってきた蛇にでも、産み付けられたのでしょう」  そう言って腹の中を写した画面を「ほら、もうこんなに育ってる」と見せてくる。  血の気が引き、言葉が出ない。  診察が終わってから「どうしたらいいんですか」と声を絞り出したが、会計の女は「私に聞かれても」と言って笑った

    • 峠にて(短編小説)

       四国の山道を走っていた。  空港で借りた軽自動車はフロントガラスが狭く、体を前に倒さないと信号が見えない。一人きりの車内に、タイヤと路面が擦れる低い走行音が響いている。速度計の針を一定に保ち、直進する。行き先も目的も無い、走り続けるだけの旅である。  その頃の僕は、ある一連の出来事と人生の鬱積によって傷ついており、今考えるとあまりまともな精神状態ではなかった。四国を訪れたのも、松山空港行きの航空券が安く手に入ったからで、殆ど衝動的なものだった。  平日だからか車通りは少な

      • 隣の席のおじさん(短編小説)

        隣の席のおじさんは、いつも一人で喋っている。 誰かと話しているように見えるけれど、おじさんの前には誰もいない。ぶつぶつ言っていてよく聞こえないが、ふざけるなとかバカヤロウとか、何かに怒っているようである。 地域のパソコン教室で、そんなに怒ることがあるだろうかと思うけれど、本当にパソコンが苦手なんだろう。 ここはペアの私がフォローしてあげなければと思い、「そこは右クリックですよ」とか「insertキーを押すと直りますよ」とか教えてあげる。 私が教え始めるとおじさんは喋るのをや

        • 新しい名前(短編小説)

          「これは、知人の話なんですが」 と、居酒屋で隣の席になった男が言う。 それぞれ一人で飲んでいたが、ふとしたきっかけで会話が弾み、やがて男はある奇妙な出来事について話し始める。 「その人は、自分の名前が自分のものではないと言うんです」 「自分のものではない?」 「そう。本当の名前は随分昔になくして、もう返ってこないと言うんです」 「それは興味深いですね」 僕が笑うと、男もつられたように笑う。   その話はこうである。 その女性が通っていた中学校では、制服の胸元に名札をつける決ま

        産卵(短編小説

          白い蛇の夢をみた(短編小説)

          白い蛇の夢をみた。 夜の草むらに、立っている。 辺りがあまりに明るいので、見上げると満月だった。 じっと見ていると、それは段々膨らんでいるようであった。 飲み込まれてしまう、と思った。 私は、恐ろしくなって後退りする。背中に固いものが触れ、振り向くと井戸があった。 逃げるように井戸へ飛び込む。落ちていくと、そこにも月があった。水の衝撃、冷たさ。体をひねると遠くに歪んだ月が見えた。小さな水泡が、口から離れて上っていく。 ふと、何かが這う感覚がして腕を伸ばす。腕には、白い蛇が絡

          白い蛇の夢をみた(短編小説)