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漢字はもっと可愛く書ける! - 『コンピュータに使う漢字の簡略化の限界』 ミキイサム(1976?)

現在では想像もつかないが、テクノロジーの襲来によって漢字が厄介者扱いされていた時代。未来の漢字の姿をどのようにすべきかを本気で考え、不可侵の領域である字体まで踏みこんだ人々がいた。そんな方々が残した書籍(以下、造字沼ブック)を読み、臨書し、その想いを味わうお話しです。

第三冊は、『コンピュータに使う漢字の簡略化の限界』から、ミキイサム氏のデザインした「COM書体」を紹介したい(書籍ではなく年鑑に掲載されたの2ページより引用する)。

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▲『日本タイポグラフィ年鑑 1976』P.185より

...とても可愛い。ちょっと長体がかった素朴な佇まい。細かいところがゴニョゴニョっと省略されているのが特徴的。その省略により、本来複雑な漢字も密度が一定になっており、とても柔らかだ。

前回前々回ご紹介した2名とは異なり、作者であるミキイサム氏は本職の方だ。

ミキイサム氏

氏は明治生まれで東京美術学校(現・東京藝術大学)彫刻科出身。凸版印刷株式会社にて長年にわたり文字のデザインに従事した。また「カナモジカイ 」(漢字をやめて、カタカナで文章を書くことをめざす団体)に若くから参加。「カナモジ」書体の開発など、生涯にわたり文字に関わり続けた人だ。

COM書体の「COM」ってなに?

COMとは「コンピュータ・アウトプット・マイクロフィルミング(Computer Output Microfilming)」の略。本来の定義は「コンピューターの出力情報をマイクロフィルムに化する技術」とのことであるが、ここではCOM書体とはコンピューターで文字を扱うための書体といった意味だろう。

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こんなイメージだろか。「COM」の詳しい説明はこちらこちらを見ていただきたい。

COM書体は再現可能なのだろうか?

このCOM書体はプロトタイプのため資料が少ない。『日本タイポグラフィ年鑑 1976』の見開きの2ページだけである。解説も600字程度あるだけだ。どのような方法でデザインを進めていったかは実際にデザインされた文字から汲みとる必要がある。かといって、私自身が書体に明るくないので臨書によって筆意を読み取っていきたいと思う。

書体が後世まで存在するために必要なことは、フォロワーを作れるかにかかっているだろう。ここでのフォロワーは文字デザインに魅力を感じ、時代のテクノロジーにのっけて利用したい思ってくれる人たちである。継承されるために書体が備えるものは次の3つであろう。

① 時代を越えて魅力的なデザイン。
② 有用性と意義。
③ フォロワーが再現可能なこと。

①②は当然のことながら、③が大切である。COM書体を見ていくにあたり、ミキイサム氏が残した見本以外の字を他の人が再現可能か。あたらしい字を作っていけるのかを見てゆきたいと思う。(私の技術がついていければであるが)

前提条件

ミキイサム氏はCOM書体を制作するにあたりCOM方式で実現可能なものとし、

タテ線は3本まで。

ここに説明するCOM方式は他の印字方式と異なり、薄くて小さい金属板に文字を打ち抜いて、テレビ方式で高速度に印字するので、字の線が接近したり、タテ線が4本以上になれば、一種のハレーション現象を起こして、線と線の間隔がつまってしまう(ヨコ線は文字が長体だから多少余裕がある)(P.184)

という制約のもと、

字画を減らす方法とか、草書体の手法を取り入れるとかイメージをこわさずに、その字によめる研究を重ねていった。(P.184)

タテ線3本以下となると多くの字に影響がある。

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⿰で構成された字は、多くの線を削減していかねばならない。

実際のCOM書体の字体を観察する

まずはミキ氏のデザインを見ていきたい。

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プロセスが載っている2字を詳しく見てみよう。

「番」を書こう

※COM書体以外の文字は新書源(二玄社)より引用させていただく

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歴史的な字形や、さまざまな書体をベースにしているようだ。

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」はタテ線は3本以内に収まりそうである。課題としては「のごめ」の部分がタテヨコ、ナナメ線が一点に集中するところと、「田んぼ」交差点の密度をどうするかである。⿱の構成のうちどちらを強調するか検討し、結果的には上下均等かやや「田」を強くしているように感じられる。全体のフォルムのわかりやすさから、草書体要素は取り入れていない。

「殿」を書こう

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輪郭は維持しつつ、一部パーツを草書などをもとにしているようだ。

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殿」は早くも難題だ。そのまま再現するにはタテ線が5本は必要だ。なので、外側のフォルムを再現しているようだ。「尸」の部分を活かし、「共」は草書的解釈で省略している。「几」は左側を省略。行書などで強調される右側のみの形状となっている。最後の右払いは、内側に寄せることで横幅を圧縮している。

「都」を書こう

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「都」は大胆だ。行・草の書き方を取り入れ効果的に省略している。「口・日・目」のような矩形はそれだけでタテ線2本を必要とするため、中を抜かない四角形で表現している(タテ線に余裕がある場合はちゃんと抜いている)。「おおざと」は外周は原字に忠実。内側を草書的にすることで、タテ線を効果的に削減している。

ここまで書いてみて思うこと

3つの字と、他のサンプルの字から、次のような感じで書いていけそうだ。

① 原字の輪郭(外郭)は正しく再現する(偏旁の単位ではなく1字外郭)。
② 輪郭をしっかり再現したうえで内側は大胆に省略
③ 省略する場合も行・草書を参考にして突飛な省略は行わない。
④ 幅を節約するため、「左右払い」は控えめで内股短く抑える。
⑤ 矩形(口・日・目)は場所によっては塗りつぶした■にする。
⑥ タテ線は3本まで横に並べてよい。
⑦ 輪郭の再現は、左側よりも右側の再現を優先する。

もうちょっと規格化して見えてくるもの

省略の考え方はなんとなくわかってきた。この考え方をもとに字を書くためには、サンプルの字体から、図形的なルールを見つける必要がある。さてどうするか。

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再現することを優先するために、グリッドにのせてみることにする。当然視覚調整されているとは思うが、細かいところは気にせずである。

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ヨコ22×タテ34のグリッドに収まりそうである(ちょっと多いが)。骨格だと下記のようになる。

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最小のあきを1マスとすると、線分の太さは4マス。線分と線分の空間は3〜4マスとられている。線の先端と線分の空間(垂直に接近する場合)は2マスでも良さそうである。まとめると。

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・22×34のグリッド上に展開可能
・線幅は4。水平垂直線、斜め線含め同一の太さとなる
・並行関係にある線同士の3以上の余白が必要
・並行関係でない線同士の2以上の余白でよい
・線の末端と線間は2以上の余白でよい
・タテ線は最大3本、ヨコ線は最大5本まで並行に並べることができる

以上である。

新しい漢字を増やすことができるか

さて、ここからが本番である。これまでのルールを守りながら、ミキイサム氏の残したサンプルにない漢字をつくることができるかである。まずは組み合わせでつくれるものにしよう。

「諸」を書く

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これは、先ほどの「都」とサンプルに言偏があるので簡単である。塗りつぶし四角が二つ並ぶのも重たいし、タテ線に余裕もあるので「者」の「日」部分は中抜きの四角がよいだろう。ただし棒と線の余白2は確保できないので、四角のなかに横棒までは入れることができない。

「導」を書く

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サンプルにある「道」をもとに「導」を書いてみる。すでにある道のパーツを上下に圧縮して、いかに「寸」のスペースを用意するかである。余白を考慮すると最低でも9マス程度はスペースを開ける必要があり以外に難しい。「首」は「目」を大幅に圧縮する必要がある。「寸」は一体感をとりスペースを確保するか、離して形状をとるか難しい。

「審」を書く

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こちらもサンプルの組み合わせでできる字の「審」。「うかんむり」のでっぱりは2マスも可能であるが、他の字にあわせ3マスにした。輪郭をはっきりさせるには場所はとるが良いかもしれない。あとば「番」の上部を8マスぐらいあければ完成だ。「のごめ」をわずかに圧縮して、「田」をどこまで減らせるかがポイントだ。ヨコ棒はあきらめ、タテ棒を突き通すかが難しい。輪郭がわかることを優先すれば、左右を1マスずつ減らし、縦棒を抜かないことで縦を圧縮するのがよさそう。そうすると「のごめ」の一画目をつけることができる。斜めに配置することで余白を2マスで良いことにできる。

「鄱」を書く

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こちらも既存パーツでできる「鄱」を書く。「番」の形状を保つことがとても難しい。「おおざと」は減らせても1マス。「番」はタテ線2本(並列するところのみ)であらわさなければならない。草書などをつかってみても複雑になるだけなので、輪郭がわかるように「番」の右側を優先し、左側は大きく削り込むこととした。

ふりかえり

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さて、4文字書いて、ミキ氏のサンプルと並べてみる。多少難はあるが、制約とルールが明確なところが幸いする。グリッド上で試行錯誤することで何とかそれっぽく再現することができるのだ。外郭を意識して、内部は大胆に切り込む必要がある。小さく使うことを考えると細部はあまり気にならず、脳が漢字を補完してくれるようだ。

それにしても不思議な書体だ。ジオメトリックでありながら、柔らかくユーモアを含んでいる。(とても失礼だが)拙さをも感じさせる佇まいは、「良寛さん」の書のようにもみえてくる。漢字廃止をめざすカナモジカイのミキ氏にとっては不本意かもしれないが、さまざまな表現の可能性をもつ漢字の魅力を再認識することとなった。

書体をデザインする労力ははかり知れない。書体デザイナーの方にはぜひ本を書いて欲しいと思う。わたしたちは最終アウトプットであるフォントしか見ていないが、その過程には多くの苦労ともに、うまく字がまとまったときの喚起もあると思う。書体を一世代だけで消費するのではなく、継承して時代にあわせて発展させてゆきたい。

本に残すことで誰が手に取り、感銘を受け、フォロワーとなり、進化させる。そんなサイクルが生まれると。デザインって楽しくなるだろうし、書体デザインをやりたいって人も増えるのかもしれない。

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『日本タイポグラフィ年鑑 1976』
・編集: 日本タイポグラフィ協会
・発行:1975年
・頁数:292ページ
・出版:グラフィック社

参考図書

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『Typographics T No.41 October 1983』
日本タイポグラフィ協会広報委員会 編、1983
「特集:この道60年ミキイサム」にて、ミキイサム氏の足跡がよめる。

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日本語と事務革命 (講談社学術文庫)
・著者: 梅棹忠夫
・発行:2015年(オリジナルは1988年)
・出版:講談社

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余談:今週のおすすめの造字沼的書体

最近書体が面白いので、造字沼的おすすめ書体を1つ紹介したいと思う。

造字沼といえば省略。簡体字でも置き換えでもなくビットマップ のような考え方で、シンプル化するこころみの書体。。

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ここまで、お読みいただき誠にありがとうございました。
次回もよろしければご覧ください。


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