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漢字の機械化-竹内強一郎(1958)

相当文化が進んだ国家で、国字の変更の如きは容易ならぬ革命である

前回紹介した長野利平氏の『日本常用略字の体系』より遡ること25年。1958年に出版された1冊の書籍がある。『漢字の機械化』(1958年、竹内強一郎・著)と名付けられたこの本もまた、タイプライターに搭載するための漢字を提案したものだ。今回は造字沼本としてこの本を紹介したい。

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とてもコンパクトにまとまった本である。61ページの中で、前半は課題を中心に著者の思いが語られ、35ページから終わりまでの30ページ弱で一気に機械化されゆくさまは爽快である。180字の字体サンプルを収録している。

ともあれ、提示された字体を見ていただきたい。(『漢字の機械化』より)

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※元の文章は最後に掲載

なぜこうなった

著者の竹内強一郎氏は、電気工学科を卒業後、アメリカの大学でマスターオブサイエンス取得、電気工学の研究者となった。その後、教職を経て、1951年、相模工業株式会社の代表取締役社長となり実業界へ進出。駐留米軍の工兵機器の修理などを担い、朝鮮戦争の特需により事業規模を拡大していった。この本が出版されたのは1958年、竹内氏が64才の頃。

表紙には次のように記されている。

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国字の表音化の第一歩として漢字の簡化を進めてタイプ字を作る考察

竹内氏は漢字廃止・表音化論者なのである。この本のなかでも明治期から戦後にかけての国語・国字改革を「日本の国字表音化90年の失敗史」と辛辣だ。

カナモジカイ発行の雑誌「カナノヒカリ」にも度々寄稿しており、その中で国字問題との関わりを次のように語っている。

わたくしは70年まえ欧文タイプライターに接し、わずか26文字で天下のこと悉く記し得ると知って驚嘆し、国字問題が頭から離れなかったが、生計に追われ、気がついたら定年をすぎ、毎日が日曜日となり、国字問題ととりくむこととなった。
『カナノヒカリ-770』(1986年、カナモジカイ)より引用

※カナモジカイ:漢字を廃止し、カタカナによる横書きを普及させることを目的とした団体。現在も活動中。(公式サイト

この寄稿文の70年前といえば竹内氏は20代前半(1916年頃)。そういった時期に受けた衝動を人は忘れることができないのだろう。衝動から40年を経て竹内氏は漢字簡略化によるタイプ字体の制作に本格的に乗り出すこととなった。

時代背景を簡単に

この書籍が発行されたのは戦後日本が高度成長期に突入する最初の好景気のさなか。国語・国字問題に関しては、当用漢字表が告示されてから12年後。中国では「漢字簡化方案」が公布され間もない頃。事務機器はどんどん発展していくが、漢字が簡単には入力できないという現実に直面した時代。竹内氏もビジネスの現場で日本語処理の非効率なさまを感じていたのだろう。

竹内氏が目指したもの

竹内氏は漢字廃止・表音文字化を実現したいと考えていた。しかし戦前からの議論を鑑みても容易なことではないことを感じた氏は、ことば全般を置き換えるのではなく、あくまで実務を想定した漢字。文章作成の場面に特化したのである。

日本語の音韻貧困という先天的欠陥のため、それができず、最小限の漢字を保存しなければならないとすれば、問題を漢字の能率化に絞るべきではないか(まえがきよ)
漢字を近代高能率の印字機械でローマ字と同等の能率で扱う方法があるかということである。漢字を欧文式タイプライターで打つ方法はないかということで、端的に又具体的に表現される(P.35)

表音化への問題は理解したうえで、あくまで能率の向上に焦点をあてた。それは、欧文タイプライターのキー数を維持したまま漢字を扱う日本語の文章を作成することであり、そのタイプライターに搭載するための漢字改革であった。

機械化のためにいかに整理するか

漢字をタイプする考察として以下のまず4つの方法を検討している。

A. 漢字の記号化法
B. 漢字の要素をタイプして組み合わせる法 
C. 漢字の構成要素として復筆をとる法
D. タイプ字を作り出す法

Aは漢字各字を符号化して、入力に符号を使用する方法(例:亜=1234)である。符号を丸暗記するという非現実的な方法で即却下。

Bは漢字のストローク(縦棒、横棒、点など)をキーに配置して組み合わせて打つ方法である。1文字打つのにも多くの打鍵を必要として効率化できず却下。

Cはストロークよりも大きなパーツの単位である偏旁などをキーに割り当てる方法である。必要なキーは膨大になりこれも現実的ではない。ABCであれば既存の日本語タイプライターの方がよさそうだ。

予想通りDにたどり着くのではあるが、

漢字の簡化を一つの方針の下にすすめる。その方針は漢字が限られた数の基本単位から構成されるるようにする。その単位を一列横ならびに打ったものを、新しい字体(タイプ字体)とする。(P.37)

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竹内氏によるタイプ字体の最大のポイントは、漢字を分解し再構成する際に要素をに並べることである。既存のタイプライターの構造を活かすのであれば、活字部分の交換のみで成立するので合理的である。専用機をあらたに設計する必要がない。

⿰タイプはわかりやすい
→力口。→女末。→子系。→糸隹。

⿱タイプもまた。
→八刀。→田月。→北月。→十又。

⿰⿱もうすこし複雑な構造のものも
→糸口月。→木米女。→木缶木冖鬯彡(!?)

このようなイメージである。問題は(可読性という最大の問題を一旦考慮せず)これでもパーツの数は膨大になるということと、「鬱」のような構成パーツの多いものをどのように扱うかであろう。ともあれ、最終的に横並びの活字となることを前提に、字体を変形させてゆくこととなる。竹内氏がどう解決方法を見出していくのかを見てゆこう。

タイプ字体に至るながれ

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① 偏旁を分類する(あくまで形状に注目)
② 分類したものを統合・整理(使用頻度、所属漢字の多寡などを考慮)→最小限のパーツを見出す
③ 基本パーツだけを使い既存の漢字を再構成
④ プロトタイプ版タイプ字体の完成 → 検証 →  ①に戻り繰り返す

あくまで竹内氏は漢字廃止を目指していることを心に留めておこう。

ここに再度強調したいことは漢字は「必廃」のもので本論は暫時存する間の「馴致」の策に過ぎないことである。(P.37)

順をおって読み進めてゆこう。

① 分類 - ただ現存する漢字をの構造を幾何学的に解析

竹内氏は断りを入れたうえで、字の成り立ちや歴史的変遷は考慮しないとして、現在の通用体をもとに幾何学的に構造の分類・分解を試みる。楷書に至った先人たちの試行錯誤の領域に立ち入らず、あえて現在の当用漢字表の字体からスタートしたのだ。前回の長野氏のように「説文から振り返る」や「草書の法則性」といった領域に踏み込んでしまうと、あっという間に袋小路に入ってしまうか、強引な紐付けによる独りよがりの規範に到達する恐れがある。漢字のグリフを独立したアイコンとして捉え、視覚的な塊を、使用頻度や形状から集約されたパーツ群に置き換えていった。

来歴に頼らない幾何学的分類の方法として「四角号碼(しかくごうま)」に注目した。「四角号碼」とは中国で考案された漢字の検索方式の1つである。

竹内氏は次のように書いている

あるフランス人が中国語習得に当たって、漢字の無軌道ぶりに驚いた。漢字の古事来歴の如きは勿論知らない。ただ現存する漢字をの構造を幾何学的に解析して、分類する方法はないものかと系統的に研究をすすめて終に一つの体系を作った。(中略)...完成には至らなかった。しかしこの伝統にとらわれない素人も素人外国人の現実的な分類体系、中国人の実業家の注意を引き、終に完成するに至った。これが王雲五先生の四角号碼検字法である(P.40)

四角号碼は、方形の漢字の四隅に、その形によってナンバーをつけ、4けたの数字で示す検字法で、部首や画数によらず、形で引く検字法である。筆画を10種の要素に分類して0から9の数字を割り当てる。
四角号碼についての解説はこちら(JapanKnowledge)

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---こんな感じである。

たしかに、漢字を深く習得すればするほど微細な変化にも気がつくようになってしまう。漢字圏と言えども微妙な違いがあるが、非漢字圏の人から見たら同じだろうと指摘されそうだ。タイプ字体の開発にはこの図形的に捉える視点が必要なのであろう。

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ということで、四角号碼の10種の形状分類を応用して部首をグルーピングを試みた。そして、グルーピングと各部首に所属する漢字の数量から次のようにとりまとめた。現時点で192種ある。

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②-1 整理 - 漢字を漢字と捉えず図形としてみるのだ

さて、「四角号碼方式による部首の分類」と、「部首に所属する漢字の分布」から次のように述べている。

① 一部首に1字、2字、3字という少数の字しか持っていないものがかなり多い。これらは部首として単独に設ける価値が少ない。
② 分類表をみると、当然統合されるべきものが多くある。例えば、穴→宀、行→彳、高→亠、麻鹿→广等40部首を数える。
③ 従来の考え方からすれば、単に形状だけから判断して統合されうるものがある。例えば疒→广、自→目、頁→貝等。

似た要素はより使用頻度の高いものに統合といった勢いのある流れで、部首は一気に統合され98部首。また部首以外にも要素として必要なパーツを利用頻度から抽出していったのである。

以下が選出された98の部首である。

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日本語の音韻が貧困である反面皮肉にも、他方に不必要な過剰性がある。(中略)圧巻はけだし漢字そのものである。その数、音韻、筆画の過剰性にこそは、実に漢字をして天下の難物たらしめることで、漢字の改革は過剰性の整理から始まる。(P.46)
本書の説く簡化の目的は、各字に共通した限られた数の筆画の要素を決定して、逆に凡ての漢字をかくして得た要素の組立(横ならべ)によって構成しようというのである。即ちその目的を達成する方向に簡化を進めようというのである。且つ新しく組立てた字体(タイプ字とよぼう)が、在来漢字からできるだけ容易に判読しうるものであることが望まれる。(P.47)

欧文タイプライター に搭載するためには、ここからさらに半分程度に集約する必要がある。98個の各部首に属する漢字の数と、部首として以外に構成要素として使われる頻度を調査した。

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※注:A:部首名 B:その部首に属する字数 C:他部首に属する字でこの部首を含むもの D:合計 の表である。

ランキング下位のものはバッサリ切るだろう。とてもシビアな判定であるが1周の検証であるため、まずは絞り込まねば始まらないだろう。ここまでの過程で採用されるパーツが導き出される。基本要素が決定されるのだ。

②-2 選抜 - 小さいことはいいことだ

四角号碼法の単位、筆画はすぐれた筆画で、概ね部首と共通している。頻度の低い要素は簡化して、これらに帰することができる。この理由からこれらの筆画を要素としてとる。(P.50)

一軍選抜は次の12個の部品である。

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次に、先の使用頻度ランキングより、上位から順に選抜入りだ。29個が追加される。さらに特別枠(部首以外の部品)からは「」が選抜入りする。部首以外から唯一の採用だ。部首以外にパーツが1個いうのはにわかに信じがたいが、続きをすすめよう。

・四角号碼のパーツ 12個
・部首の使用頻度と統合の結果整理されたパーツ 29個
・部首以外のパーツ 1個

ここに、厳選された計42個のタイプ字体要素が出そろった。この要素で、既存の漢字(当用漢字)それぞれの字体を新らたに再構成していくのが竹内氏の計画である。

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漢字用パーツで42個と仮名46個で日本語文章を作成できるのであれば、既存の欧文タイプライターで実現できるだろう。

さて、このタイプ字体要素をいかに組み合わせて漢字を表現するのであろうか。

整理、統合、第一次簡化をすすめて一応基本要素を決定したから次は各漢字をこれら要素だけを含むように第二次簡化を進める段階である。何分にも漢字の要素は多種多様なのに基本要素は42であるから、満足な結果は容易には得られない。(P.52)

ルールはこうだ
42のパーツの組み合わせで字を再現する
・パーツを横に並べる
・最大でも3つのパーツの組み合わせを上限とする(4つ以上の組み合わせは再現性が高まるが能率面でNG)
・原字を推測しうるものにする(※ベストエフォート)

③ 再構成 - 試作されたタイプ字体180字

さて、試作された180字の「タイプ字体」および略字体をみてゆこう

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冒頭にお出しした組みサンプルも

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いかがであろうか?

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※竹内氏手書きによるタイプ字体見本(P.56-57)

試作のふりかえり

竹内氏は試作のタイプ字体を次のように評価している

・タイプ字体見本180字
・問題なし31字
・無理はあるが許容範囲(原字を推測可能なもの)129字
・原字を想像できないもの20字
・無理めのもの1割程度

ゆえに当用漢字1,800字に適用範囲を広げても、(1割程度を手直しすれば)可能性があるのではないだろうか。と

ここに提案されるタイプ字なるものは、その規範が個人の主観によったものとしても、実用性を疑われるが、僅か一割内外にとどまるということになった。(中略)もし略字体が特定の要素から成り立つようにするというハッキリした目的をもって進められ、且つもっと適切な筆画が要素としてえらばれれば、タイプ字案の可能性と実用性が証明されると確信する。(P.60)

タイプ字と略字を行き来することによって、精度を高めてゆく必要がある。使用頻度の低いパーツと不足要素を入れ替えることによってより、原字を想像しやすい構成を発見できるだろう。漢字を完全に限られた部品だけで置き換えることは不可能だろう。まずは原字を知っている前提で、それらの字を想起させるためだけ活字という案も考えられるだろう。

ふとここまで読み進めてみて気づく。ようは「倉頡輸入法」(輸入法→入力方法)のようなものになるのだろうか。

入力方法は一字を二つから五つの字根(漢字の部品)に分類し、その字根をキーボード上から入力し変換する。注音輸入法とは異なり、同じキーバインドで異なる文字はほとんどないため、入力効率が極めて高い。注音輸入法が4段のキーを必要とするのに対して、倉頡輸入法は漢字入力に関しては3段のキーで入力可能であり、入力法を完全に習得した場合、タッチタイピングをより効率的に行うことが可能である。(ウィキペディア日本語版「倉頡輸入法」より)

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倉頡輸入法が1976年ということなので、それより18年前もまえに誕生した竹内氏のタイプ字体であった。

むすびに

カナノヒカリへの寄稿を見る限り、本の出版から30年近く経っても国語・国字問題の興味は失われていないようである。しかし、ワープロおよびかな入力の誕生により、タイプ字体への言及の記録は途絶えてしまっている。残念である。

竹内氏はこう記している。

相当文化が進んだ国家で、国字の変更の如きは容易ならぬ革命である。(P.61)

漢字が長い歴史の中で手を加えられ時代に適合してきた流れを考えると、美しい活字があり、文章の入力に支障がないから考えない。過去の活字を復刻することにはとても熱心な現代においても、私たちは将来の漢字の姿と可能性に思いをはせる必要があるのではないだろうか。

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『漢字の機械化 - 国字の表音化の第一歩として漢字の簡化を進めてタイプ字を作る考察』
・著者:竹内強一郎(たけうち ごういちろう)
・発行:1958年
・頁数:61ページ
・出版:不明、絶版

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さて、ここまでで竹内氏のタイプ字体は読めるようになっただろうか?上図の原文は...「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」(日本国憲法・前文)である。

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ここまで、お読みいただき誠にありがとうございました。

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