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ロレンスと喋る | 書き出し縛りのザイン?1

佐藤 悠花


夏休みが始まって一週間、この容赦ない熱をずっと遡って四月から引きずってくるなかで、みんなこれがどこに向かってるか、なんとなく分かってた、終わりに向かってるって。日中の学芸大学が、いつまでもいさせてくれる無料のサウナになっていて、雲なし、開けた空、それなのに重量感のある空気からは、暗く濡れた感じと、ぱりぱりに乾燥した感じを同時に受けて、この高温は下からきてる、われわれの足の下から、地面から来てる。間違いなく、これは次の段階に向かっていて、次の段階がやってくると何が起きるかというと、地面がぴらぴら剥がれだすわけだ、足の裏の死んだ皮みたいに、というのも、皮膚の場合、何層も何層も重なった上の一層だけ、いちばん外側のかわが死んでくずれていくから大丈夫なんだ、つまり、その層すべてに代わって、ひとつの分厚い皮膚の層があったとして、その状況下で、こういう等身大のオーブンみたいな熱波を浴びせられたら、本当はどうなってしまうのか分かっているか? そしたらぱきっと割れ目が入るんだ、かたい、ドイツかイギリスか、とにかく日本じゃない感じのパンの最も外側のかわみたいに、それから、その割れ目から滲出してくるのが赤だ。中身の、臓物の赤、肉のかけらの一個一個の、筋細胞の赤、それからひとつひとつの臓器が、その血管を流れるどくどく新鮮な生の血のなかで、それらすべてまとめた赤、日光が反射する午後の井の頭公園の白鳥池みたいに、神秘的に照らされてる、炎暑の陽、この六月の陽、こんにちの東京を包むナイーブなアスファルトとコンクリートに、まさにこの現象がおこる、みんなパンみたいにぱりぱりにひび割れて、中身の赤を残らず晒して、残らずどうしようもなく白日のもとに晒して、ちょうどさっきの内臓みたいに、さっきしてた内臓の話みたいに。内臓、内臓といえば実際のおまえの内臓、それがこれからどうなるかというと、ほどなくして、冷たくて眠気を催すような体液が、血管ひとつ残らずに流れて、脈はいつものリズムを刻むのをやめて、遅れていってやがて止まって、温もりも、息も持っていかれるから、生きてる証明もなくなって、唇と頬に入ったピンクも徐々に灰色に褪せていって、両目の窓が閉まって、下りていって、死そのものみたいに、人生を急に締め切られるみたいに、操る力が失われて、四肢は硬くこわばって、冷たくなって、死んだかのようになる、まさにその干からびた死っぽい状態のままで、向こう七十年を過ごすことになって、それからよく眠ったあとみたいな感じで爽やかに目覚めるわけだ。要は何かっていうと、終わりが来たとき、東京のかわが、殺人的で、うだるようにあついオーブンの波に負けて割れるとき、割れて赤い中身を見せてしまって、中を外にめいいっぱいひっくり返して、地獄さながらに燃え盛っているとき、それでもひんやりと、しぼみつつも、必要十分の潤いと明晰さを保持したままでいられるってこと。残るすべての人間は、もれなく無差別に、もがいて萎れてぱりぱりになって割れて、そこに一切の容赦はないだろうけど、その七十年が経過して、長引く昼寝から目覚めたときに、親愛なる翻訳者よ、おまえは現代におけるあらゆる文学の傑作を手にすることができるだろう、古今東西、東京からトリニダード・トバゴまで、思いつくものなんでも、版権フリー、たちまちパブリックドメインになって、いつまでものろのろ続く作業の心配もない、たとえばこんな、エージェントにメールして、返信なんか来やしないだろうと気を揉む、なぜなら重要な文学作品を扱うに値しない、とるにたらない翻訳者だから、とかっていう。しなきゃいけない心配は、そのひょろ長い指を動かしつづけることだけ、二度と休むことは許されず、ひたすら打って打って永遠と無意識の境地まで打ち続けて、地殻のかわの上に残された、すべての本のすべてのページのすべての最後の句点にいたるまで、無事に翻訳され、出版され終えるまで、からっぽの世に読まれるべく放たれるまで、読む人間は誰ひとり残っていなくても、それぐらいはしなくちゃいけない、結局、ひとつの世紀末を、搾取したわけであるから。

引用:Shakespeare, William. Romeo and Juliet, 1597. Oxford :published for the Malone Society by Oxford University Press, 2000.

コラージュ=佐藤悠花


うらばなし

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佐藤悠花 Haruka Sato

2001生。早稲田大学文化構想学部の翻訳実践・批評ゼミで勉強中です。詩の学生誌:インカレポエトリ5号・6号に参加して、6号では表紙デザインも担当しています。最近、zine ito. (Instagram: zine_ito)というZINEに詩を寄稿しました。翻訳と詩は自己流にやるのだけ好きだけど、ここからはもう少しデザインを勉強したい。


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