クラゲを飼う男(2)
それは、激しい雷雨の日だった。くるぶしまで覆うほどの降水量、新品同然だったスーツもおじゃんだ。そんな中、この俺キタジマ・ヒデユキ(23)が得たもの、それは喋るクラゲだった。クラゲはクラスケと名付け今日も金魚鉢の中で暮らしてる。これは、都内某所のマンションで繰り広げられる、喋るクラゲと普通のサラリーマンのほのぼのとした物語。
金曜日の夜、残業も終わり20時に帰宅した俺は部屋の電気をつける。
「ただいまー。クラスケー、遅くなって悪、、、。」
クラスケは金魚鉢の中で鬼のような形相をしていた。気迫のあまり正座してしまった。
「あのー、クラスケ、さん、、、?」
「ワレェ、今何時やと思う?」
「えっと、20時、です、はい。」
「オイラを餓死させる気かボケェ!!はよ飯よこさんかいオラァ!」
めちゃめちゃ怒ってらっしゃる!無理もない、本来であれば今日は早く帰ってやれるはずだったのだが、クラスケに言ってもわからないだろうな。俺はひとまず飯を用意する事にした。
今日のメニューはスーパーで買ってきた肉じゃが、鯖の塩焼き、そしてインスタントの味噌汁、あと仕事終わりという事でビールも。クラスケにも肉じゃがと塩焼きを少し入れてやるが何故か不服そうだった。
「ヒデユキー、話が違うんやないか?」
「何故さっきからヤクザ風なの?」
「オイラを舐めてもらっちゃあ困る。ヒデユキー、何故君だけ贅沢しようとしてるんだい?」
「贅沢?ああ、ビールの事か。まず聞きたいんだけど、飲める?まず体的に。」
「馬鹿にするなよヒデユキー。この間はイカの塩辛も食べれたからビールも飲める!」
「その得体の知れない根拠はどこからくるんだ。仮に飲めるとしてもどうやって飲ませればいい?まさか水槽の水にぶち込めって訳じゃ、、、。」
「甘いなヒデユキー!ここに来てからオイラは人間についていっぱい勉強したんだ。君たち下等種族がどのような道具を使って生活を豊かにしているかもね。」
「お前の心が下等だな。で、何か案があるのか?」
「ふっふっふ、もちろんだよアミーゴ。プラッチックで出来た細長い管でありとあらゆる飲み物を吸い上げる!そう、その名もサトローさ!!」
「ストローじゃない?」
俺は缶ビールにストローを突き刺し金魚鉢に近づける。
「ほーらサトローちゃんですよー。サトローなんだもんなー。ごめんなー、下等種族は難しい名前を道具につけてしまうからなー。」
クラスケはビールを飲む前から顔を赤くしていた。
「からかうな!!ヒデユキを試したんだよ!」
「何のために?いいから飲んでみろよ。」
クラスケはストロー越しにビールを飲んでみる。
「苦。」
「人間と同等のリアクションだな。慣れないうちは飲みにくいかもな。」
「でもこれ、多分子供のお酒だね。」
「は?何でそう思うんだ?」
「苦味ってやつは本来毛嫌いされる味覚ってやつだろ?これをあえて我慢して飲んで、『俺、これ飲めるから大人やわ。』っていう貧相な考えを持った子供の飲み物って事だよ!ヒデユキー、お前も子供だな〜!」
何か腹立つから俺は金魚鉢ごとキッチンに運ぶ。
「よし、ビールに合うクラゲ料理でも作ってみるか。」
「ぎやぁああ!!おろさんといてぇ!包丁をしまって、お願い!謝ります!ごめんなさい!」
結局、ビールは諦めクラスケにはストロー付きのソーダを置いておいてやった。
「ぷはぁ!ソーダこそ大人の飲み物!」
「残念だな、老若男女全員飲めるぞ。そういやお前にビール飲ませたけどお前今何歳だ?」
「え?年齢?オイラも知らないや、多分成体以上は生きてると思うけど、、、。何で聞くの?」
「いや、まぁ、コンプライアンス的に。」
「え、、、?」
沈黙が続く。
「え、、、?何故黙ってるのヒデユキー。」
その後、俺とクラスケは食事後に映画を見る。今日は特撮ヒーローものだ。俺は子供の映画から大人な映画も全部見る派だからな。
「ヒデユキー。このワンコマンってどんな内容なの?」
「俺が子供の頃に流行ってた特撮でな、猫派至上主義のキャットエンペラーって奴らが地球を攻撃してくるんだけど、正義の味方ワンコマンが助けに来るって話だ。」
「ネタバレでもいいんだけど、それ第三勢力にクラゲは、、、。」
「いない。」
「えっと、クラゲ、、、。」
「諦めろ。」
クラスケ、何故か落ち込む。
「クラゲが出ててもそれはお前じゃないだろうが。」
「うん、そうなんだけどさー。でもクラゲを題材にした映画やドラマって少ないなって思って。」
「あー、たしかにそうだな。犬や猫は多いけどクラゲは聞いた事ないな。」
「なんで!?こんなに可愛いのに!?なんで!?」
「ヒステリックになるなよ。多分出来ることが少ないからじゃないか?犬や猫は走ったり芸を覚えさせられるけどクラゲは水の中で漂うくらいしか、、、。」
「はぁ!?オイラを見てクラゲが何もできない種族だと思う?」
「うん。だってお前クラゲじゃねぇと思ってるから。」
ワンコマンを見終わったあと、何故か作戦会議を開こうとするクラスケ。
「ヒデユキー!作戦会議だ!どうやったらクラゲ人気が出るか考えよう!」
俺が寝室へ行こうとするのを嫌というほど止めてくる。
「(こいつうぜえな)クラスケ、今ここでクラゲの人気を上げてもお前には何一つ得がないのをわかっているか?」
「ヘ?なんで?」
「仮にだ、お前がこの会議で100%クラゲの人気を上げ、尚且つ誰にでも認められるアイデアを出したとしよう。だが、その案を会社や関係者に提出するのは誰だ?」
「え、それは、オイラ、、、。」
「ほぉ、地上を歩けない、パソコンも打てない、電話も出来ない、そして身分証明も出来ないお前に提出なんて出来るのか?」
「いや、それは、その、、、。」
「つまり、お前の案を提出するのは必然的に俺になる訳だ、俺の名前でな。その案が可決され人気が出たとしても、他のクラゲたちや俺であって貴様には一銭も入らない!!」
クラスケに電流走る。
「な、ヒデユキが、オイラより人気者に?」
「驚くところそこ?とにかく、お前がどうあがいてもお前のメリットにはならん。」
「何をいう!オイラは世界中のクラゲ達の人気をあげようと、、、!」
「本音は?」
「可愛い女の子にモテると思いました。プロデューサーって、何かカッコいいじゃないですか、、、。」
「お前のそういうところ好きだぞ。」
果たして、クラスケが人気者になる日は来るのだろうか。これは、都内某所のマンションで繰り広げられる、喋るクラゲと普通のサラリーマンの物語である。
クラゲを飼う男(2) 〜 完
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