的中屋
とある町に1人の若者がいた。彼はある意味有名人だ。行き交う人々に声をかけてはその日に起こることを言い当てるのだ。大金を拾うだとか、恋人が出来るだとか、足を折るだとか。おまけにそれが全て起こるのだというのだからすごい。町の人々は彼を「的中屋」と呼んだ。
ある日の事、その噂を聞きつけた富豪が数人の部下を引き連れ現れた。そして行き交う人々に声をかけては勝手に予言を授ける彼を見つける。富豪が驚いたのは、彼はあくまでその人の顔を見て何が起こるか言うだけで金を取るとか怪しい話を持ちかけるなどはしなかったということだ。富豪は陽気に歩いてくる彼の前に立ち予言を期待した。すると予想通り、的中屋は富豪に指差して予言する。
「おっちゃん見ない顔だね。あんた、どっかで物を壊すよ!」
富豪は思った。これだけかと。もう少し具体的な何かを期待していたのだろう。的中屋が気分よく歩いていくのをさっと見たのち、富豪はその夜町の宿に泊まった。
その夜、部下たちと一緒に宿の飯を楽しんでいると富豪達に1人の男が絡んできた。大柄の酔っ払いだ、それもかなり貧相な身なりをしている。彼は酔いながら「金持ちなら恵んでくれよ!」とお願いするが、富豪はそれに怒り大柄の男に皿を投げつける。「金が欲しいなら芸の一つでもみせろ!」と。しかし怒りは急に消え、若干の恐怖が芽生える。的中屋の言葉通り、富豪はものを壊した。
翌日、富豪はまた部下たちと的中屋を探し回った。そして見つける、相変わらず笑顔で人に指差して何が起こるか予言している。昨日のように富豪は的中屋の前に立つ。
「小僧!今日何が起こるか当ててみよ!」
「やぁおっちゃん!今日は素敵な出会いがあるよ!」
そう言っていつものように的中屋はその場を去る。富豪は部下に伝えた、もしこれで人が来た時には的中屋の自作自演だと。部下たちがなぜかと聞くと、富豪はこう言った。
「昨日の酔っ払いが、予言を的中させる為にあの小僧が仕掛けたとしたら?」
部下たちは首を傾げたが可能性はなくもなかった。すると富豪の鼻に何かが香る。香ばしい肉の香りだ。富豪が部下たちと共に匂いのする方へ行くと、古びた屋台に人が並んでいる。荷車を改良していた事もあり、どうやら旅する串焼きの店のようだ。富豪たちもそこから串焼きを買い頬張った。それは富豪もうなる味わいだった。
「絶品だな。屋台の食い物でこの質は滅多にお目にかかれんぞ。」
そう言うとはっとした表情になる富豪。素敵な出会い、人ではなく串焼きだったと。
翌日も富豪たちは的中屋を探して彼の前に立つ。部下の1人が的中屋をまだ疑っているのかと聞くと富豪はこう言う。
「あの串焼き屋もやつが仕掛けたとしたら辻褄が合う。だが、旅の者を冷やかすのはもう無理だろう。仕掛けるにも金がかかるからな。」
的中屋は陽気に歩いてくると富豪の顔を見てヘラヘラする。
「あんた、まだいたんだ!今日は驚く事が起こるよ!」
的中屋は去り、その姿に冷ややかな視線を送る。
「驚く事が起こるそうだぞ。お前らは適当に観光でもしてろ。わしは宿に戻って寝る。宿なら何も起こらん!」
そう言って富豪は1人宿に戻る。
富豪が1人で宿に戻り、中にある食堂で飯を食おうとすると1人の男とすれ違う。富豪と同じ歳の男だが見覚えがある。そう、彼は富豪の旧友であった。
「お前!この町にいたのか!」
「おお、久しぶりだな!富豪になったと聞いたがえらく太ったんじゃないか?俺は仕事で寄ったんだ。すまんな、すぐ出なきゃならんからまた今度ゆっくり話そう。」
そう言って旧友は宿を出でた。いくら的中屋でも旧友を探して連れてくる事など不可能。富豪はその日、的中屋の能力を信じた。
翌日の朝、富豪は1人で的中屋を見つける。富豪は2人で話せないかと言い、的中屋はそれを承諾した。2人は町外れの丘の上で話す。
「おっちゃん、なんか知りたいことでもあんの?」
「わしが、死ぬのはいつだ?」
的中屋からいつもの笑顔が消えた。
「悪いなおっちゃん、俺の力はその日の事しかわからないんだよ。」
「そうだったか。まぁ、仕方あるまい。この数日、楽しませてもらったよ。」
「じゃあいいじゃん!死ぬのがいつなんて考えなくても!」
「体でわかるんだ、あまり先は長くないと。わしは死んでも構わん、だが部下の事が心配だ。わしが死んで、事業を彼らだけでやっていけるかどうか。わしの死期がわかれば、彼らも対応しやすいだろう。」
「あんた、思ったよりいい人なんだな。」
「そうでもないさ。じゃあな的中屋。死期がわからぬならここにもう用はない。」
富豪が立ち去ろうとすると、的中屋は呼び止める。
「待って!!今日死ぬんだ!!!」
富豪は一瞬足を止めたが、最後は笑顔でその場を去った。
その夜、富豪は宿で部下たちに打ち明けた。今日が自分の最後であると。部下たちも的中屋の力を知っている、それを聞いて皆泣き崩れた。だが富豪は高らかに宣言した。
「本日をもって、わしは事業を引退し今後はお前たちに任せる。今までよくついてきてくれた!この旅行が終わり次第、各自業務に励め!」
そう言って富豪は最後皆と共に宴をし、1人寝室にて死期を待った。部下たちに看取られたくないからと部屋へ入ることを禁じた。宴の時は笑っていた部下たちであったが、部屋の外では涙していた。
その夜、いつ死ぬか待っていると1匹の蚊が部屋に入ってくる。富豪はそれを手で叩きイライラする。
「人が死ぬ時に入ってくるな!全く!まぁ、これが最後だと思えば、、、。」
そうして疲れたのか富豪はついに眠った。
翌日、的中屋はいつものように町の人々に予言を与えていた。すると向こうから怒った誰かが的中屋に走ってくる。そう、あの富豪である。
「待てー!死ぬのはわしではなく蚊だとなぜ言わなかったぁ!!」
的中屋はヘラヘラしながら逃げ始める。
「誰もおっちゃんが死ぬなんて言ってないもんねー!今日の予言だ!おっちゃんの第二の人生は今日から始まるよ!」
「そのお祝いに貴様をぶん殴ってやるわぁ!」
部下たちも富豪と一緒に追いかけるが、その元気な姿に安堵していた。この日をもって富豪は引退を表明し、第二の人生を送ったという。これはとある町で繰り広げられた予言者と富豪の物語。
〜的中屋〜 完
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