見出し画像

スコーンタイム

彼女が作るスコーンがご馳走だった。

慌てん坊だからいつも焼きたてをそのまま持ってきてくれるけど、僕は読書をしながら冷めるのを待つ。

やっと食べられる熱さになった頃、「忘れてた!」と彼女は台所からハチミツを慌てて探しに行く。

彼女がハチミツをスコーンと一緒に持って来てくれた事はない。

結局ハチミツを持って来る前に僕は自分の分のスコーンを食べてしまうのさ。

僕が彼女にする唯一の意地悪だった。

だけど彼女は「次こそちゃんと持って来るんだから!」と愛くるしい笑顔を見せる。

これが僕らのスコーンタイムだった。 


今はもうスコーンタイムはやってこない。

慌てん坊の彼女はもう僕の隣にいないから。

どんなに腹を空かせても、読書をして待っていても、スコーンは出てこない。

家の近くの麦畑がなびくと、彼女の髪と笑顔を思い出す。

時折近くまで行ってみるけど、自然の香りはあっても焼きたての香りはない。

晴れの日も雨の日もスコーンを食べていたあの頃は迷子になってしまったんだろうか。

だけど探しに行ったところで見つかるわけない。

もし叶うならあの時の意地悪を謝りたかった。

「ハチミツを慌てて持って来る君が可愛かったから。」と言い訳をして。

「本当はハチミツが嫌いだった。」と余計な本音も入れて。

僕がどんなに泣いても想っても麦畑は小さく揺れるだけ。


あれから新しいスコーンタイムが始まった。

スコーンを焼くのは僕の役目で彼女は食べるだけ。

彼女もハチミツが嫌いだから僕は焼きたてのスコーンだけを持って行けばいい。

「ハチミツを忘れた!」と慌てて取りに行く事を神様は許してくれなかった。

彼女からよくおかわりが欲しいとねだられる。

彼女は食いしん坊だ。

だから僕はいつもスコーンを少なめに焼く。

自分のスコーンを半分あげるために。

彼女はいつも「もっとたくさん焼けばいいのに!」という。

僕はいつも「次はたくさん焼いてあげるよ。」と嘘をつく。

これが今のスコーンタイム。






記事もデザインも作ると喉も乾くし腹も減ります。 皆様ぜひご支援よろしくお願いします!