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境目世界案内人ガド 〜チョコケーキではなく、チョコレートケーキです。〜

生と死の間の世界には、暇な何かが住んでいる。いつどこでその存在が生まれたか本人も知らないが確かにそこにいる。目的なきその存在は、今日も話し相手がやってくるのを待つ。美味しいお菓子とお茶を用意して。


その日、あの世とこの世の境目の世界に1人の女性が現れた。彼女の名はA子、しがないOLだ。彼女は会社の帰り道、信号無視したトラックに轢かれ意識を失った。だが、意識を失ってすぐにここへやってきた。誰も存在を知らないこの場所へ。一見するとだだっ広い平地に木や花が何本か植えられている。木は青紫色をした葉が生い茂り、花は花というより黒い枝のようなものが何本か重なって出てきているようだった。A子が周りをキョロキョロしながら歩くと、向こう側から何かがやってくる。近づいてくるそれは人間ではない。背丈は帽子を合わせて人間の下腹部あたりくらい、細い手足に白い服、そして真っ黒な肌をしているかと思えば顔の半分だけ綺麗に白く分けられている。その人間ではない何かはこの奇妙な土地の向こう側からランタンを持ってやってくる。そして少し怯えるA子の感情を余所にするかのように、彼は表情を変える事はないがハキハキとした声でA子に話しかけてくる。

「おやぁ!この世の方ですねぇ!お暇でしたらお茶でもいかがですか?」

「え?あなた、誰?」

A子が嬉しそうに飛び跳ねる彼に名を聞くと、彼はすぐに名乗った。

「私の名はガド、境目世界の案内人、そして暇人です。」


ガドに連れられてA子は庭園のような場所に辿り着く。紫や青を基調とした植物が辺り一面に植えられており、その真ん中には白いテーブルと椅子があった。ガドがA子を座らせると、ガドはどこから持ってきたのかケーキの1ホールとポッドをテーブルの真ん中に置く。しかも自分の足だけを伸ばして、自分よりも大きいはずのテーブルにも簡単に物を置いていく。気がつけばお茶の用意が全て出来上がる。

「いやはや、やはり人間用に作ったテーブルは私には大きすぎますねぇ。ですが、私は手足を伸ばすなんて簡単ですからお気になさらず!ささ、紅茶も冷めないうちにどうぞ、それともコーヒーがよろしいですか?」 

A子は恐る恐るガドの淹れた紅茶を飲む。優しく振る舞われてるとはいえ人間でない事は確かなのだ。それ故にA子はかなり警戒していた。だが、彼女がガドの淹れた紅茶を飲むとまるで何事もなかったかのようにリラックスしていく。

「美味しい。」

「でしょう!私はお菓子作りにも自信がございまして、チョコレートケーキもご一緒にどうぞ!」

ガドは嬉しそうに椅子に座ると、細長い手とナイフでケーキを綺麗に切っていく。A子はストレートに質問した。

「あの、それよりも、わたし、死んじゃったの?」

ガドはケーキを一切れA子に差し出すと先程のテンションよりも下がった口調で話し始める。

「ケーキを食べる前に辛気臭い話しをしないでいただきたい。ですが、この世界を知らないあなたの為に私は答える義務があります。お察しの通り、あなたはすでに死んでいます。死因は、私にはわかりませんが事故か病気でしょう?」

「えっと、トラックに轢かれたの、、、。」

「おやまぁ!先週も似たような人が来ましたよ!ニュバババババ!愉快ですねぇ、人間というのはトラックに轢かれるのがお好きみたいで、、、。」

「馬鹿にしないで!じゃあここはあの世なの?でも、それにしてはなんかその、ピンピンしてるというか、お茶も美味しいし、チョコケーキの香りもする、、、。」

「チョコレートケーキ。」

ガドはまるで訂正しろと言わんばかりの口調で表情を変えずA子に訴える。

「え、チョコケー、、、。」

「チョコレートケーキです。何度も言わせるなクソアマ。」

A子は尻込みしてしまい静かになる。

「ガドさんだっけ、なんかごめんなさい。」

ガドはまた機嫌を直して話し始める。

「いいんですよぉ!あなたのような人には何千回も同じ話しをしていますから!ここに来られた方は最初に自分が生きているか死んでいるか確認してしまうものです!ですが、あなたはすでに死んでいると伝えても私の淹れた紅茶の味やケーキの香りで実は生きているのではないかと錯覚してしまいます。とりあえず私から言えるのは、あの世が自分のイメージ通りだと思うなボケ。」

「あなた急に口調変わるのね。とりあえず、私が死んでいてここがあの世ではないという事はわかったわ。じゃあここはどこなの?」

ガドは口にチョコレートケーキを頬張りながら答える。

「ここは境目世界。この世とあの世の中間地点でふ。」

ガドはケーキを飲み込むと紅茶をグビグビと飲む。

「ブハァ。細かいことは教えてもあなたが混乱するだけなので何も言いませんが、境目世界の特権として死んだ人間はまだ向こうの世界、あなた方がいうこの世に戻る事ができます。まぁ、戻った後あなたがどうなっているか私にはわかりませんがね。」

「(食べ方、なんか汚いなこの人。)じゃあ、私あの世に行かなくてもいいの!?」

「えぇ。あの世に行くのも、この世に戻るのもあなたの自由ですよ。別に誰かに強制されるわけではありませんので。ただし、あまりこの世界に長居しているとあの世に飛ばされる事はありますがね。前来たトラックに轢かれて死んだ方は、この世に戻る事を拒否してあの世に飛ばされるまで私と一緒にいましたよ。ほんと急に飛ばされるものだからびっくりしましたよ。ナヒャヒャヒャヒャ!」

A子は立ち上がり辺りを見回す。

「てことは出口があるのね!?どこ?」

ガドはケーキを頬張りながら呆れた声で彼女に質問する。

「この世に戻る気ですか?何の為に?」

「何の為にって、家族や友達が心配してるかもしれないでしょ!帰れるなら今のうちに、、、!」

「おやおや、質問が悪かったですねぇ。ではこう言えば良いですか?あなたが、戻って、何の得があるんですか?」

「え?得ってなんの、、、。」

「あなたは言いましたよね。親や友人が心配してるかもしれないと。しかしそれはあなたの思い込みで、もしかしたらあなたはそれらに憎まれている可能性だってあります。それに、先程言いましたが、あなたが向こうに戻っても今のように歩いたり自然と呼吸できるか私にはわかりません。もしかしたら、戻って起きた瞬間手足が全部ないという事もあり得ます。何より、あなた自信他人のために戻ろうとしている。それが私には1番の無駄だと思いますがね。」

「ちょっと!親や友人の心配をして何が悪いの?それに仕事もまだ、、、!」

「ほらー、また他人のためだー。戻ったところであなたはあなた自身の命を全うする事が出来ないのが、この世界に来てよーく理解出来たでしょう。」

「いい加減にしてよ!なら、戻ったら何をしたいか教えれば納得してくれるかしら!私はね、映画が好きなの!そもそも、急いで帰っていた理由はその英語を公開初日から見に行くとこだったの!映画館は最高よ!バターたっぷりのポップコーンにグレープフレーバーのソーダ、それらを両手に感動を噛み締めるの!しかも、私が好きな映画の続編なの!だから見ないであの世へ行くなんてあり得ないから!」

ガドはどこから持ってきたのか雑誌を持ってポップコーンを頬張っていた。

「ふーん。向こうの映画とやらも確かに面白そうですねぇ。本日公開の続編映画とやらは『ペリカン冒険記2』の事でしょうか?タイトルはクソですがペリカンが生き別れた妹を探しに旅をするんでねぇ。前作は両親を探して次は妹ですか、このペリカン一家離散しすぎでは?もし3があったら兄とかを探すんでしょうね。」

「いいじゃない誰が何見ようと、、、。てか、あなたなんで映画雑誌なんか持ってるの?それにポップコーン、いつの間にかジュースも!なんで?さっきはなかったのに!?」

ガドはポップコーンを頬張りグレープフレーバーのソーダをストローを使って飲み干す。

「へぇ、中々ジャンクなお味もよろしいものですね。あ、言い忘れていましたが私はこの世とあの世のものならぶっちゃけなんでも出せますよ!なんだったらスクリーンでも出してその映画見ます?」

「はぁ!?どういう原理でそんな事出来るのよ、、、!」

「うるさいわいボケェ!お前が知っても出来ねえんだから聞くなや!黙って氷たっぷりのソーダでも飲めやオラァ!」

ガドは無理やりA子の口にストローを差し込みソーダを飲ませようとする。

「わかった!わかったから落ち着いて!」


結局、ガドとA子はガドの用意した椅子に座りスクリーンで映画を鑑賞する事になった。ちなみに、ちゃんと映画が始まる前の予告編も流れる仕組みである。

「どうですか?ちゃんと予告まで流れる映画ですよ!ポップコーンもグレープフレーバーのソーダも食べ放題、映画を見終わった後にゲームでもしますか?テレビゲームだろうがなんでも出せますよ!つまり、あなたがこの世に戻る理由はなくなった訳です!むしろ、あの世に飛ばされるまで私と一緒に好きなことし放題という訳です!しかも無料で!」

A子はポップコーンとソーダを置いて席を立つ。

「ガドさんごめんなさい。やっぱりわたし帰らなきゃ。」

「はぃい?どうしてですか?もうすぐ本編が始まりますよ!」

「うん、でもやっぱりあっちで見るね。友達がさ、一緒に観たがってるから。」

ガドはため息をつき手を叩くと手をパンと合わせるとスクリーンもポップコーン達も全て今までなかったかのように消えてしまった。

「はぁ、あなたとお会いして1時間弱。ここまで早く帰りたがるとは。まぁ仕方ありませんね、私の道楽に嫌々付き合っていただくよりはマシです。では、境目世界からこの世に戻る方法100選の中から現段階で最も早い方法であなたを見送ることにしましょう!」 


ガドは近くの森にA子を連れて行く。

「ありがとうガドさん。ごめんね、もう少し遊んであげたかったんだけど、皆んなといないと寂しくて。」

「別にぃ。どうせまた誰か来ますからぁ。むしろ、あなたのような人ら早く帰ることの方が大事でしょうから。」

「うん、本当にごめんね。」

「だから別にいいですよ。それに、私は境目世界の住人として、戻りたい方を引き止める訳には行きませんから。」

A子はガドの寂しい背中を見て本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そんな彼女の目の前に現れたのは、真っ青な湖であった。

「着きましたよ!ここがこの世に戻る方法の中でもシンプルイズベストな方法です!境目世界から飛び降りる、つまり湖に飛び込んで下へ下へ行けばあなたは帰れる訳です!あ、でも水面をずっと見続けるのはあまりオススメしませんよ、帰りたく無くなってしまうでしょうから、、、。」

A子が湖に近づくと水面には酸素マスクと大量の包帯が付いている自分であろうものがベッドに横たわっているのが見える。

「まぁ、最も近い道から帰るようなものですから。透けて見えてしまうのも仕方ないかと。」

しかしA子は躊躇なく湖に飛び込んだ。なぜなら、水面には横たわると今日映画を見るはずだった友人が手を握ってくれていたのだから。ガドはそれを見て後悔していた。

「おやおや、思い込みなんて言ってしまい申し訳ありませんでした。少なくとも、あなたとご友人の友情は本物のようです。他人の為とは時に自分の為になるということですかな。さて、次のお客様が来るのを待ちますか。」

ガドはそう解釈すると森を出て再びケーキとお茶を用意していつ来るかわからない客人を待つのだ。これはこの世とあの世の境目に住む、暇な案内人の物語。


あるところに1人のOLがいた。トラックに轢かれ重症を負ったがすぐに回復し、遅くはなったが友人との映画を楽しんだ。だがその友人曰く、帰りの喫茶店でチョコレートケーキを注文すると、そのOLは何故かチョコケーキではなくチョコレートケーキだと訂正してくるので友人は少し困ったという。

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