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エッセイ:大ちゃんは○○である31

京都の下宿に戻り、両親への報告を電話でしたわけだが
この時が一番緊張した。
電話を持つ手も、話す声も震えていたと思う。
「もしもし。僕だけど…」
「はいはい。どうしたん?ん?なんか元気なさそうやけど、ちゃんと食べてんの?」
いつもと変わらぬ母の声に、なかなか言葉が出てこなかった。
「う、うん。いや、あの。」
「なによ~?どないしたんよ?具合でも悪いんちゃう?」
「いや、あのさ、ちょっと話したいことがあって。」
「だからなんなんよ?そんなに勿体ぶられたら怖いやんか。」
私立の大学の入学金を払ってもらい、高い授業料を出してもらい
卒業まであと1年と少しのところで退学をするということを伝えることで
母親が受けるであろう衝撃を考えると正直心が痛んだ。
痛んだけど、もう決めたことだ。きちんと伝えるしかない。
意を決して僕は切り出した。
「ごめん。大学に退学届を出してきた。
前々から考えてはいたけど、役者になる夢に突き進んでみようと思うんだ。
大学に入れてもらって、中途半端になってしまったのは本当に申し訳ないけど
やりたいことが固まった今は、これ以上大学にいる意味が見つからなかったから。ごめん。」
こんなようなことを話したんだと思う。
母親はさぞかし驚いたことだろう。
そりゃあそうだ。何の前ぶれもなく、息子からの電話で大学の退学と上京の決意を聞かされたんだから。
「お、お父さんに代わるから。」
そう言って母親は受話器の向こうで「大学辞めたって言ってる!」
と父親に話す声が聞こえてきた。
電話口に出た父親は
「もしもし。とりあえず一回帰ってこい。
電話じゃなくて、ちゃんと話をしにきなさい。」
開口一番そう言うなり電話は切られた。

つづく

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