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短文

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2021年2月の記事一覧

無尽

無尽 甲信地方には無尽という仕組みがある。もしかしたらほかの地方でも似たような仕組みはありそうだが、何人かで会を作る。そして毎月いくらかを積み立てる。昔はその積立金でお伊勢参りをしたそうだ。一生に一度お参りできるかどうか、そのためにみんなで積み立てて順繰りにお参りの資金とする。それが無尽という仕組みだと聞いた。 保険に似ている。掛け金を広く募って何かあった人のために使う。同じような仕組みは日本のみならず外国にもありそうだ。そして、現在の無尽はといえば、集めたお金で月に一度

事件慣れ

事件慣れ このような物言いは本当に不謹慎ではあるのだが、どこか、どんな事件が起ころうと事件慣れしてしまっている自分に不愉快になる。同情するとか共感するという感性が薄切れて来てしまい、何もかもが他人事になっているのかとも思う。 ということは当事者能力も衰えているので、何事か自分の身に降りかかってきたときの対処能力も落ちているに違いない。とっさの思考反射神経というか、切り返し能力も使わないと錆びる。そして朽ちる。 ここ一連の惨劇の被害者、多くは弱者だ。その弱者という規定もい

玉子巻き

玉子巻き 月に一度程度自宅で寿司を母が作った。マグロやイカなどの割合はほんの少し。そのかわり、稲荷ずしと巻きずしは結構あった。 寿司の日、平たいおひつに温かいご飯をあけて、寿司酢をぱしゃぱしゃやると酢のにおいが台所に立ちこめる。握りも母が握ったものだが私は魚介類を食べないのでその味を知らない。 そして、子供たちのために寿司を巻くのだが、我が家では玉子巻きという定番があった。海苔の代わりに薄焼玉子で寿司飯をまくというシンプルなものだ。それはふつうの巻き寿司よりやや長めに切

ギターパズル

ギターパズル 今日は疲れる一日だった。妻の病院につきあったもののホンの30分で終わる予定が二時間。そのあと昼食をすませ、本格的にギターを整理すべく100円ショップとホームセンターを回ってきた。 帰宅したのが午後二時。部屋のあちこちに散らばったギターは外出の前にひとまとめにして置いた。なお、この部屋は我が家の寝室で、6畳である。ギターは当然床面には置けず、壁からつり下げることとなる。在庫整理もかねて、このギター群に手を付けようとゴールデンウイーク中に考えた。そして、明けて実

たまねぎのピクルス

インドのカレーが3種類と インディカのサフランライス ナンは焼きたてになるように見計らわれる たまねぎのピクルスというのが甘くて辛い  歯ごたえがいい 黄色いご飯にほうれん草のグリーンカレーと赤いたまねぎのピクルスと ラスタ色鮮やかな皿 よくかきまぜて食べる マンゴーラッシーとグアバジュース ワンドリンクがつく サラダにデザートも取り放題 すべて 食べ放題 いつもはちきれるほども食べる かたきのように 仕返しのように いつだったか店を出たらどしゃ降りの雨になっていて 軒先で

舌打ち

舌打ち こんな題名の文、読みたくない。ほかに、どんな題名の文章を読みたくないだろうか。絶望。嫌な奴。仲間外れ。しかし、意外とそんな題名の文学作品は有りそうだ。 明るいばかりではやっていけない。ときどき、どっぷりと嫌な気分に浸りたくなる。舌打ちが癖になっている人、手を挙げてみてください。セミナーの講師が呼びかける。私は素直に手を挙げる。そのほかに何人か、ちらほらと手が上がる。すれ近いざまに耳元で舌打ちされる。その場合、相手をつい殴ってしまったとしても致し方ないような気もする

個老

個老 マラソンに人生を賭けた人の気持ちは分からない。マラソンに人生を賭けた人は多分、文章を書くことに人生を賭けた人の気持ちは分からない。 分かるかもしれないが、私は運動を忌避しているので、分からないと思いこんでいるだけかもしれない。実際に話したことがないので分からない、今の気持ちで言っている。 しかし、影響を与えたり、与えられたりという関係性を持つことはできたかもしれない。今からでも遅くない、と慰めを言われても遅い。 そもそも、そのような関係性を持つ気がない。可能性と

共働かず

共働かず 妻はとある金融関連で二十年間仕事をしていた。渉外といって、外回り業務は基本男性がやっていたが、女性起用の初めの頃に妻がやらされ、うまく行ったので、それからその仕事は男も女も無くなった。 多いときには二十カ所回ると行っていた。忙しい忙しいと言っていた。私は基本的に目の回るような忙しさをそれほど経験してこなかったので、何だ、大げさに、といつも思っていたのだが、おそらく、私がその仕事をしたならば忙しいどころの騒ぎでなく、オーバーフローのフリーズ、といった状態になったの

海に

海に 海に行っていない。海にいく体つきでもない。 今、水着もいろいろあって、ハイネックのぴったりしたシャツのような上半身のものもある。あれだと、日焼けせずにすむのだろうか。 昔はよく、茨城の方に海水浴に行った。水がきれいだが冷たい。岩が多い。もちろん、震災のずっと前の話、海に行ってもおかしくない若者の頃だ。 仕事で海沿いはイヤというほど通った。海の方を担当していた。海の担当、というと何か海中の世界の仕事のようでメルヘンめくが、そういう仕事ならば辞めなかったかもしれない

猫を見ていただけの話

仕事をやめて暇とおもわれたか 実家から 物置ががさがさすると電話がかかる 父かこしらえた 元禽舎 ではなく物置ほどの鳥小屋 親父も鳥もいなくなって 鳥小屋は大きい物置となって 庭の角に立っている 鉄筋で まず思いついたのは鼠 雨つゆがしのげる古い炊飯器や 着古しの中で 鼠算しているかと思ったら違った 猫だった 庭を猫が横切っていくといっていた 掃き出し窓から 何をするでもなく老母は眺める こたつに座って 湯呑と手元にみかんをおいて とらが堂々と過ぎていく 横切るには狭すぎ

妻と散歩

妻と散歩 知り合いの子の油絵が市のサロンに飾られているというので散歩がてら出かけてみた。 家から街場への道は歩道が狭く、歩きなれている妻はさっさと先に行ってしまう。途中で追いかけるのをやめて自分のペースで歩く。少し広い道にでると、あの道はゆっくり歩いているとあおられることがあるから、という。私は追い越せるように端を歩くようにしているつもりなので特に問題はないと思っていたが、このあたりも世知辛くなったのか、それとも小柄な女性は見くびられるのか、平日の道では私のしらないささく

理想の幕の内

理想の幕の内 花見では酒を呑むと、というより酒を呑むための花見と。しかし下戸は、地べたに座ってトイレに行きづらいところで酒を呑めば酒飲みの人にはわからない地獄があとから来る。木のテーブルとベンチがしつらえられた小高い丘の上の公園で、散り始めた桜の下、静かに味わう幕の内弁当の中身を自分バージョンで考えてみたい。 おかずの部。肉団子二個、卵焼き、菜の花おひたし、野菜の天ぷら、里芋・人参・大根・筍の煮物、ポテトサラダ、金時豆、チャーシュー丸めて二三枚、さつまあげ二分の一、しょう

夏祭り

夏祭り 大雨が降って、中央道、大月から富士五湖線が通行止めとのニュースだ。わずかに縁のあった土地への道。 夏には、毎週のように得意先の企業が夏祭りを開催した。週末、夕方から敷地に出店を出して、従業員とその家族が集まる。なぜか取引先の私も呼ばれて、ビールを飲んで調子よくなっていた。 アスファルトの地面に青いビニールシートを敷いて、座卓を囲んで飲み食いする。直に座ると酔いが早い。手みやげを何か持って行ってお楽しみ抽選会の賞品にしてもらう。 夏祭りは山に囲まれ、だんだん陽が

仕返し

仕返し 人間の様々な営為の中でももっとも醜いものの一つが「仕返し」と思われる。「お返し」ではなく、「仕」の方。ただ、醜いからといって忌避されるかと言えば全く逆で、人間の営為は仕返しにあふれていると言っていいだろう。近しい関係でも、ちょっとした仕返しに満ちる。何か、癇に障ることを言われたら、嫌みで返す。そのうち叩いて叩かれる。仕返しは戦闘、闘争へと変化していく。 この、癇に触る、というのもまた百人十色で、こちらがそのつもりもないのに変にとられたり、また、逆も多発する。癇とい