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【陽だまりの樹】日本医学の特筆すべき功績!近代日本医学の礎となった幕末の知られざる男たちの物語

今回は動乱の幕末を描いた手塚治虫の傑作
「陽だまりの樹」をお届けいたします。

時代劇ものの中でも日本人に人気のある幕末ものですが
例にもれず手塚先生も幕末ものを描いております。

しかし単なるチャンバラものではなく主人公を医者に据えた歴史ものになっており激動に揺れる日本の夜明けを医療という側面から描いた作品であり
これまでの幕末歴史ものとは一味違った面白さを感じられます。

勝海舟や西郷隆盛といった実在する人物と
架空の人物を織り交ぜた見事な大河ドラマは
歴史好きはもちろん、歴史が苦手な方でも十分に楽しめる作品。

そんな「陽だまりの樹」の見どころをお伝えして参りますので
ぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編いってみましょう。

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まずはあらすじから
主人公は二人の対照的な青年
一人は伊武谷万二郎、実直で正義感が強く融通が利かない下級武士、
まさにサムライと言うべき愚直な青年

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もう一人は手塚良庵
医者でありながら女ったらしで
お調子者だけど医療への想いは強い熱い青年

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この二人の物語を軸にストーリーが展開していきます。


幕末と言う日本の歴史上最大の変革期と言われる中で

万二郎は滅びゆく幕府とともに信念を貫いていく一方で
良庵は幕府から虐げられていた近代医学の道を切り開こうと進みます。

性格も生き方もまるで違う青年2人がなぜか惹かれあうように
時にぶつかり、時に友情を見せ、時に恋敵になりながらも
人間として成長していく様が描かれており
激動の時代を全力で駆け抜けた青年2人の大河ドラマというのが
本作の大枠の物語となっております。


本作は1981年4月から1986年12月まで掲載された長編作品で
基本は史実ベースですので実在する人物も多数登場します。

勝海舟や西郷隆盛といった実在の人物と、架空の人物を巧妙に織り交ぜ
実際の歴史的事件とも絡めて進みますので
歴史好きの方には知っていてもワクワクする展開だと思います

その中で注目は主人公の一人医者の手塚良庵(のちの良仙)で
これは実在する人物でなんと手塚先生のひいおじいちゃんなんです。

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これは以前から手塚先生もおぼろげには知ってはいたそうですが
あることをキッカケに手塚先生のひいおじいちゃん良庵とあの福沢諭吉が同時期に同じ学び舎に入門していたらしきことを知り
「福翁自伝」(ふくおうじでん)なる福沢諭吉の自叙伝をひも解いたところ
手塚良庵と福沢諭吉が同期であったことが分かるんですね。

この事をキッカケにして本作の連載が始まったというわけです
しかもこの手塚良庵は日本で初めて軍医となった人物でもあったそうで
連載当時は、手塚治虫のルーツを描いた作品としても話題にもなりました。

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ご先祖の話とあってか綿密な取材と資料のもと、かなり正確に
当時の時代背景と社会情勢が描かれています。
個人的に感じるのはセリフ回しの美しさですね。
元々手塚先生の作品はセリフがキレイなんですけど
本作はこれまでで一番キレイなんじゃないかな。

相当資料を読み込んで執筆されていたことが伺えます。
庶民の生活に近い描写も多く、
当時のリアルな生活感も窺い知ることができます。
そしてなによりこの時代の医療についての在り方への描写は見事です。

まさに医者手塚治虫としての知識も遺憾なく発揮されており
これまでの幕末作品とは違った奥行きのあるドラマは晩年の
手塚治虫の円熟の極みが堪能できます。


…で、この作品を読むうえのポイントとして
色々と知識を増やしてから読んでみると、さらに面白くなります。

幕末好きのボクですら昔読んだときは
正直あまり面白くなかったんですね(笑)
ちょっと難しいというかいわゆる幕末の英傑のドラマじゃないんで
面白味があまり感じなかったんです…。

でも大人になって読み返してみるとめっちゃ面白い!

例えば江戸のしきたり・政治、慣習、医療の立ち位置
女性差別等、今の時代だと理解できないことたくさん出てくるんで
そこらへんをある程度理解しておいたほうが格段に面白さが増しましたね

もちろんまっさらの状態で幕末の価値観を味わうのもいいんですけど
時代背景を知ることでより物語への没入感が増します。
これは間違いないです。

それでいうと
やはり種痘所創設という所はぜひ押さえておきたいところです
ボクは最初、この核となる種痘が分からなかったし、
西洋医学の立ち位置もよく理解していなかったから
単なるチャンバラ時代劇とした見えていなかったんですね。

でもここを押さえておくと物語がぐっと面白くなるんです。

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簡単に言うと当時の
西洋医学って漢方医からの抑圧を受けてて一般には「魔の医学」として
恐れられていたんですね。
それでも
オランダ医学を学んだお医者さんたちは、日本の近代化と先進医療の必要性を痛感していて、外来医学の普及活動を積極的に行っていくんです。

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でも全然誰も耳を傾けてくれないんです。
…でそのときにコレラが大流行して町中が大パニックになるんですね。

そんな中、「魔の医学」と言われた西洋医学を学んだお医者さんたちは
未知との病気に対して果敢に立ち向かい
それこそ命がけで江戸市民たちを伝染病の恐怖から守りぬいていくんです。

それでも、幕府や庶民たちには理解されないんです。
作中にも出てきますが牛痘っていう天然痘ウイルスに対する免疫を獲得するワクチンを打とうとするんですけど
ワクチンを打つと牛になると信じられているからみんな打たないんです。

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信じられます? そんなアホな話でしょ。
牛になるって信じられていたんですよ。
でも当時はそうだったらしいんです。
そんなもんよりお守りの方がよっぽど効果があると思われていた時代ですから。

このころは
幕府の正統医学が漢方だったため、蘭方医学禁止の布達も出ており
西洋医学の立場は圧倒的に低かったんです。
鎖国の時代だから
まぁしょうがないことなんだと思うんですけど
そんな中で情熱をもって医療に励むのって
ほんと血のにじむ努力だと思います。
これを読んでると蘭方医の方々の努力ってほんと頭が下がります。

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そんな過酷な環境の中でも種痘こそが人々を救うと信じ、
西洋医学の必要性を説いて回るんですけど

耳を傾けてくれないどころか
幕府内部の汚職であったり
賄賂であったり幕府の腐敗した囚われた慣習によって
希望がどんどん打ち消されていくんですね
この絶望感たるやもう読んでてイリイリしてきます。

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でも、だんだんと漢方医学では人を救えなくなってきて
幕府も、西洋医学を無視できなくなってその重要性も高まっていき
ついに念願である日本初の「種痘所」が創設されるわけですよ。

こうして
予防接種のさきがけである「牛痘種痘」の歴史を辿り
今日でいう「免疫療法」の走りが花開くわけです。


そしてその「種痘所」が西洋医学所と改称した後、
明治新政府に引き継がれて現在の東京大学医学部となっていくというわけですね。

これを見たときには震えましたね
もうね、これは我が国の医学史上、特筆すべき功績であると思います。

まさに本作は近代医学の礎を築いた群像劇と言える大河ドラマです。



まぁワクチンの知識に対して、そのウィルスを予め人体に感染させて
抵抗力を準備させておくという「免疫療法」なんてもんは
当時の一般庶民には到底理解できなかったろうと思います。

こういう時代背景とか制度や慣習、風俗的価値観の違い、時代の空気感が
医療というものを通してビシビシに伝わってくる素晴らしいストーリーと
なっております。


ちなみに2021年3月にも舞台「陽だまりの樹」が上演を予定されております。
ジャニーズの方が出られるようですね。(ボク存じ上げないんですけど)

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過去の舞台化も
1992年、1995年、1998年、2002年、2012年と定期的に舞台化されている
もはや舞台劇の鉄板のような風格すら感じますね。

やはりそれほど優れた脚本であるという事なんだと思います。
本格派の大河ドラマに耐えうる素晴らしい傑作です

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アニメ化もされております。

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幕末好きのボクにとっては大政奉還あたりの畳みかけるような怒涛の展開は
知っていてもワクワクしますもんね

ラストに手塚良庵が西郷隆盛に放つセリフ


「歴史にも書かれねぇで死んでった立派な人間がゴマンと居るんだ」



まさにそういう人物たちの物語

派手な英傑たちの物語ではありませんが
幕末から明治にかけてあり得ない速さで動いた激動の日本の中で
近代日本医学の礎となった知られざる男たちのドラマ
そのキラメキとトキメキを感じてほしいと思います


というわけで今回は「陽だまりの樹」お届けしました。

手塚先生の作品の中でも長編の部類になりますので本作はぜひ腰を据えて
じっくりと読みふけってその世界を堪能していただければと思います。


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